打者・大谷の前半戦を振り返る<前編> MLBでもトップクラスの打球速度

丹羽政善

クラブハウスでの大谷は――

5月17日のレイズ戦で第6号となる本塁打を放った大谷 【写真は共同】

 7月上旬、南カリフォルニアを熱波が襲った。7月6日(現地時間)のエンゼルス対ドジャースの試合開始時の気温は42.2度。エンゼル・スタジアムでは過去最高だった。翌週もその余波が残り、その日も気温は軽く30度を超えていたが、エンゼルスのクラブハウス内は半袖だと寒気を覚えるほど。そもそも練習などの合間に立ち寄るだけの選手が多いため、低めに設定してあるのだろう。

 少しすると、トレーニングルームがある方向から大谷翔平が涼しげな表情で戻ってきた。ロッカー前の椅子に腰を下ろすと、左手にスマートフォンを持ち、器用に親指で操作し始める。見渡せば、他の選手も同じように携帯をいじっていた。

 まだ、ショートパンツにTシャツというラフな格好。しばらくその姿で過ごしていた大谷だったが、やがて立ち上がると、練習着に着替え始める。他の選手も同様に腰を上げ、カチャカチャとベルトの音が響く。それまでゆったりとした時間が流れていたクラブハウスが活気づいた。

当面は打者専念続く見込み

 そのエンゼルスのクラブハウスは、入ってすぐ左手に捕手、右手に投手陣のロッカーが並び、奥に野手組のロッカーがある。ちょうど部屋の真ん中に見えない境界線があり、大谷のロッカーはといえば、投手陣の一番野手寄り――柱を挟んでアルバート・プホルスの隣にあり、どちらかといえば投手のエリアだが、野手と肩を並べているのは、その場所そのものが大谷の役割と重なる。

 ただ、目下のところ打者に専念中。6月6日の登板で右ひじに張りを覚えた大谷は、7月19日に右ひじの再々検査が行われ、キャッチボールが解禁になったばかり。いまだリハビリ途上で、マイク・ソーシア監督が度々口にする「セイゲンナシ(制限なし)」という言葉通りになるのは、まだ先のことか。

 だが、「打者・大谷」が戻ってきただけでも、エンゼルスにとってはプラス。復帰前、チームメートのイアン・キンズラーが、「大きな意味を持つ」と話したが、早速、7月8日のドジャーズで決勝本塁打を放つなど、存在感を発揮。

 その2日前には1点をリードされた9回2死から四球で出塁すると、すかさず二盗を決め、捕手の悪送球を誘うと三塁へ。次打者のタイムリーで生還したが、そこで勢いづいたチームはそのままサヨナラ勝ち。選手の貢献は、数字がすべてではない。

大谷の打者としてのポテンシャル

 さて、その打者・大谷――。

 前半は45試合に出場し、138打数39安打(2割8分3厘)、7本塁打、22打点、22得点、出塁率3割6分5厘、OPS(出塁率+長打率).887という成績だった。

 この成績自体、何を基準とするかで評価が変わってくるが、大谷は「成績に関して、どうのこうの個人的にはない」と言って、続けた。

「今年1年やってみて、どのくらいできるのかなっていうのは、楽しみにはしたいなとは思っている」

 1年通してどんな結果が出るか。まだサンプルが少ないが、いくつかのデータからは非凡さが透け、また、伸びしろの大きさを考えれば、前半戦以上の数字を残しても不思議はない。

 例えば、大谷を語るときに度々紹介され、ファンを唸らせた打球の初速は、並み居るスラッガーに引けを取らない。

 前半を終え、平均93.2マイル(約150キロ)はリーグ14位タイ(18年、50回以上計測されたケース)である。これは同僚のマイク・トラウト(91.4マイル、38位タイ)、プホルス(90.7マイル、67位タイ)を上回る。

なぜ打球初速が重要視されるのか?

 上位の顔ぶれを見ると、ざっとこんな感じだ。

2018年前半の平均打球初速
1.アーロン・ジャッジ(ヤンキース):96.0マイル
2.ライアン・ジマーマン(ナショナルズ):94.7マイル
3.ネルソン・クルーズ(マリナーズ):94.6マイル
4.ジョイ・ガロ(レンジャーズ):94.2マイル
4.ミゲル・カブレラ(タイガース):94.2マイル
6.J.D.マルティネス(レッドソックス):94.0マイル
7.マット・オルソン(アスレチックス):93.9マイル
7.ロビンソン・カノ(マリナーズ):93.9マイル
9.フランミル・レイエス(パドレス):93.7マイル
10.ケンドリー・モラレス(ブルージェイズ)他1名:93.6マイル
※『baseballsavant.com』のデータをもとに作成

 ジマーマンとカブレラは故障者リストに入っているが、ジャッジは今季も好調で25本塁打、60打点。出遅れたクルーズも22本塁打、55打点でマリナーズを支える。ガロも22本塁打、51打点。

 実際は額面通りに評価できず、その点については後で触れるとして、なぜこのところ打球の初速がもてはやされているかといえば、速ければ速いほど打率が上がるというデータが存在するからである。

 以下、15〜17年のデータを表にまとめた(図1)。これを見ると、打球の初速が90マイル(約145キロ)を超えたぐらいから徐々に打率が上がり始め、100マイル(約161キロ)を超えると打率4割を超える。

図1:打球初速が上がれば、打率も上昇する(『baseballsavant.com』のデータをもとに作成) 【画像:スポーツナビ】

 30マイル(約48キロ)以下、120マイル(約193キロ)以上はサンプルが少ないのであまり参考にならないが、いずれにしてもこうしたデータがあるため、強い打球を打てるかどうかは、スカウティングツールの一つとして認知されているのである。大谷に対する高い評価も、こうしたデータに根拠がある。
 ちなみに70マイル(約113キロ)前後で一度、打率が上がっている。これは、ポテンヒットやボテボテの内野ゴロである可能性がある。それが必然か、偶然かをたどることで、その選手が持つ技術の高さも見えてくる――。

 実は昨年、イチローがこんな話をした。

「速い球をショートの後ろに詰まらせて落とすという技術は確実に存在する」

 そのことは数値にも出ているのではないか。偶然と片付けられがちだが、分かる人には分かる。PC画面の数字ばかりを追うゼネラルマネージャーらへのアンチテーゼにも聞こえた。

 それでもこうしたデータ分析の流れの中で、一部のチームは打球の初速を打球角度と組み合わせることで、別の概念を導こうと試みてきた。わかりやすく言ってしまえば、ホームランを打ってしまえ――ここ数年のブームでもある「フライボール革命」の源流である。

フライボール革命の根拠

 補足すれば、まず、打球の初速と本塁打の関連を見ると(図2)、打球速度が106マイル(約171キロ)を超えると本塁打の確率が20%を超え、その後は例外はあるものの、徐々にその確率が上がっていくことが分かる。

図2:打球の初速が上がれば、ホームランになる確率も上昇する(『baseballsavant.com』のデータをもとに作成) 【画像:スポーツナビ】

 また、打球角度と本塁打の関係を調べると(図3)、24度から32度で20%を超える。ということは、打球速度が106マイル以上で打球角度が24度から32度という組み合わせならば、本塁打の確率がより増す、ということになる。

図3:打球角度とホームランの関係 【画像:スポーツナビ】

 また単純に、ゴロよりもフライのほうがOPSが高くなることも分かっており、アストロズなどはフライを打つという方針を徹底してオフェンス力を強化。他球団の選手にも、その理論を実践するようになったことで、覚醒したケースが少なくない。

 彼らは、ランチアングルガイ(打球角度を意識して打つ選手のこと)などと呼ばれるが、このところ本塁打が増加傾向にあるのは、そうした意識の延長線上と考えられる。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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