打者・大谷の前半戦を振り返る<前編> MLBでもトップクラスの打球速度
クラブハウスでの大谷は――
5月17日のレイズ戦で第6号となる本塁打を放った大谷 【写真は共同】
少しすると、トレーニングルームがある方向から大谷翔平が涼しげな表情で戻ってきた。ロッカー前の椅子に腰を下ろすと、左手にスマートフォンを持ち、器用に親指で操作し始める。見渡せば、他の選手も同じように携帯をいじっていた。
まだ、ショートパンツにTシャツというラフな格好。しばらくその姿で過ごしていた大谷だったが、やがて立ち上がると、練習着に着替え始める。他の選手も同様に腰を上げ、カチャカチャとベルトの音が響く。それまでゆったりとした時間が流れていたクラブハウスが活気づいた。
当面は打者専念続く見込み
ただ、目下のところ打者に専念中。6月6日の登板で右ひじに張りを覚えた大谷は、7月19日に右ひじの再々検査が行われ、キャッチボールが解禁になったばかり。いまだリハビリ途上で、マイク・ソーシア監督が度々口にする「セイゲンナシ(制限なし)」という言葉通りになるのは、まだ先のことか。
だが、「打者・大谷」が戻ってきただけでも、エンゼルスにとってはプラス。復帰前、チームメートのイアン・キンズラーが、「大きな意味を持つ」と話したが、早速、7月8日のドジャーズで決勝本塁打を放つなど、存在感を発揮。
その2日前には1点をリードされた9回2死から四球で出塁すると、すかさず二盗を決め、捕手の悪送球を誘うと三塁へ。次打者のタイムリーで生還したが、そこで勢いづいたチームはそのままサヨナラ勝ち。選手の貢献は、数字がすべてではない。
大谷の打者としてのポテンシャル
前半は45試合に出場し、138打数39安打(2割8分3厘)、7本塁打、22打点、22得点、出塁率3割6分5厘、OPS(出塁率+長打率).887という成績だった。
この成績自体、何を基準とするかで評価が変わってくるが、大谷は「成績に関して、どうのこうの個人的にはない」と言って、続けた。
「今年1年やってみて、どのくらいできるのかなっていうのは、楽しみにはしたいなとは思っている」
1年通してどんな結果が出るか。まだサンプルが少ないが、いくつかのデータからは非凡さが透け、また、伸びしろの大きさを考えれば、前半戦以上の数字を残しても不思議はない。
例えば、大谷を語るときに度々紹介され、ファンを唸らせた打球の初速は、並み居るスラッガーに引けを取らない。
前半を終え、平均93.2マイル(約150キロ)はリーグ14位タイ(18年、50回以上計測されたケース)である。これは同僚のマイク・トラウト(91.4マイル、38位タイ)、プホルス(90.7マイル、67位タイ)を上回る。
なぜ打球初速が重要視されるのか?
2018年前半の平均打球初速
1.アーロン・ジャッジ(ヤンキース):96.0マイル
2.ライアン・ジマーマン(ナショナルズ):94.7マイル
3.ネルソン・クルーズ(マリナーズ):94.6マイル
4.ジョイ・ガロ(レンジャーズ):94.2マイル
4.ミゲル・カブレラ(タイガース):94.2マイル
6.J.D.マルティネス(レッドソックス):94.0マイル
7.マット・オルソン(アスレチックス):93.9マイル
7.ロビンソン・カノ(マリナーズ):93.9マイル
9.フランミル・レイエス(パドレス):93.7マイル
10.ケンドリー・モラレス(ブルージェイズ)他1名:93.6マイル
※『baseballsavant.com』のデータをもとに作成
ジマーマンとカブレラは故障者リストに入っているが、ジャッジは今季も好調で25本塁打、60打点。出遅れたクルーズも22本塁打、55打点でマリナーズを支える。ガロも22本塁打、51打点。
実際は額面通りに評価できず、その点については後で触れるとして、なぜこのところ打球の初速がもてはやされているかといえば、速ければ速いほど打率が上がるというデータが存在するからである。
以下、15〜17年のデータを表にまとめた(図1)。これを見ると、打球の初速が90マイル(約145キロ)を超えたぐらいから徐々に打率が上がり始め、100マイル(約161キロ)を超えると打率4割を超える。
図1:打球初速が上がれば、打率も上昇する(『baseballsavant.com』のデータをもとに作成) 【画像:スポーツナビ】
実は昨年、イチローがこんな話をした。
「速い球をショートの後ろに詰まらせて落とすという技術は確実に存在する」
そのことは数値にも出ているのではないか。偶然と片付けられがちだが、分かる人には分かる。PC画面の数字ばかりを追うゼネラルマネージャーらへのアンチテーゼにも聞こえた。
それでもこうしたデータ分析の流れの中で、一部のチームは打球の初速を打球角度と組み合わせることで、別の概念を導こうと試みてきた。わかりやすく言ってしまえば、ホームランを打ってしまえ――ここ数年のブームでもある「フライボール革命」の源流である。
フライボール革命の根拠
図2:打球の初速が上がれば、ホームランになる確率も上昇する(『baseballsavant.com』のデータをもとに作成) 【画像:スポーツナビ】
図3:打球角度とホームランの関係 【画像:スポーツナビ】
彼らは、ランチアングルガイ(打球角度を意識して打つ選手のこと)などと呼ばれるが、このところ本塁打が増加傾向にあるのは、そうした意識の延長線上と考えられる。