「最後のクラシカルなW杯」を総括する 日々是世界杯2018(番外編)

宇都宮徹壱

「スマホ」と「中国(人)」が目立った大会

大会ロゴと対戦チームの国旗をかたどった巨大バナーの入場。「インスタ映え」を狙ったものか? 【宇都宮徹壱】

 ピッチ外の総括については、少し変わった視点から2つ挙げておきたい。今大会で特に目についたのが、実は「スマートフォン」と「中国(人)」である。この2つの要素は、今後のW杯のあり方にも大きな影響を与えるものと、個人的には考えている。

 スマホが最初にW杯に登場したのは、2大会前の10年南アフリカ大会であった。ただしこの時は、開催国の治安状況を考慮して、おおっぴらにスマホを使うことがはばかられていたと記憶する。続くブラジル大会でも状況に変わりはなかったが、今回のロシア大会では一気にスマホが開放された。スタジアムではフリーWi−Fiが提供され、SNSでは対戦カードにハッシュタグを付けて発信することが奨励された。試合開始前に、大会ロゴと対戦チームの国旗をかたどった巨大バナーが入場したのも、いわゆる「インスタ映え」効果を狙ったものと考えてよいだろう。

 そして中国。今大会はノックアウトステージになってから、急激に中国人観光客が増えていった。彼らの多くはツアー観光客で、家族連れも多く、明らかに中間層以上に属する人々であった。そして彼らが着ているユニホームは、中国代表のそれではなく、フランスだったり、ベルギーだったり、なぜかバルセロナやチェルシーだったりする。要するに単なる「お登りさん」なわけだが、20世紀のW杯で見かけた日本のサッカーファンも、似たような状況であったことは留意すべきであろう。中国人の観客が増えたのは、W杯の主要スポンサーに中国企業が増えたことと、決して無縁ではないと思われる。

 かくして、ロシアでのW杯は終わった。これから世界のサッカー界は新たな4年のサイクルに入っていくわけだが、次のカタール大会は22年の6月ではなく11月の開催である。しかもW杯には一度も出場したことがない、秋田県ほどの小さな国土で行われるフットボールの祭典。移動の負担は減るだろうが、どの会場に行っても同じような人工的な風景が広がる、テレビで視聴するのとあまり変わりのないW杯となりそうな予感がしてならない。そしてさらに4年後の26年には、米国・カナダ・メキシコの共催で48カ国が参加する、まったく新しいW杯が開催されることがすでに決定している。

 そうして考えると今大会は、それなりにサッカーの伝統がある1カ国で、さまざまな土地の文化と人情に接しながら、32カ国という分かりやすいチーム数で行われた最後のW杯であった。いわば「最後のクラシカルなW杯」ということになる。これだけ巨大なイベントになったのだから、時代の流れに合わせた変化が必要であるというのも理解できる(中国のスポンサーが増えたのも当然である)。しかし急激な変化を遂げたW杯が、本当に選手やファンにとって「あるべき姿」であるのかについては、注意深く見守る必要がありそうだ。今回のロシア大会は、そのターニングポイントであったと個人的には考えている。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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