国民をひとつにしたベルギーの3位躍進 代表チームは多様性を持つ国のシンボルに

中田徹

代表を応援し、多人種国家がひとつに

ベルギー代表は言語や出自を超越した国のシンボルとなった 【Getty Images】

 その夜、ロベルト・マルティネス監督は公共放送局「エエン」の番組に出て、インタビューに答えた。

「ベルギーに戻ったら、祝福を受けることは想像していた。だけど、まさかこんなに人がいっぱいいるなんて。人々が心から喜び、誇りに感じていることが伝わってきた。サッカー界はロシアW杯で『ベルギーは興味深いチームだ』と知っただろう。だけど、今日はサッカーを通じて、ベルギーには特別なコミュニティーがあることを知った。多様性がまとまって、ひとつのことを成し遂げた。それはサッカーだけでなく、人生においても重要なこと」

 多様性。それはベルギーという国の縮図である。ベルギーにはオランダ語圏とフランス語圏があり、ちょうどベルギー代表の低迷期に国家分裂の危機も起こっていた。しかし、2014年のW杯ブラジル大会の予選を勝ち抜くころになると、サッカーの応援を通じて国がひとつにまとまったことがある。また、32年前と違って中東、アジア、アフリカなど、ベルギーは多人種国家となった。ベルギー代表は言語や出自を超越したシンボルと言えるだろう。

 ベルギー人は国内各地のファンゾーンに集まって代表チームを応援した。その様子を見てマルティネス監督は「ベルギー人はわれわれ代表チームの選手1人1人を信じている」と痛切に感じたという。日本戦のように0−2とビハインドを負う展開になっても、サポーターは最後までチームを信じて熱く応援し、シャドリの決勝ゴールに欣喜雀躍(きんきじゃくやく)したのだ。

「映像で見たが、ファンゾーンの応援は本当に印象深かった。準々決勝(ブラジル戦)の前、私は選手たちに映像(モチベーションビデオ)を見せた。ブラジルという名前に選手たちは心理的なバリアを持ってしまう。そこで私はサポーターが心からベルギー代表を応援するビデオを見せ、ファンが心から代表チームを信じていることを分からせたんだ」

ベルギー人のアイデンティティーが生まれた瞬間

マルティネス監督(中央)は選手にサポーターが代表を応援するビデオを見せたという 【Getty Images】

 チュニジア戦の5−2、日本戦の3−2、ブラジル戦の2−1、イングランド戦の2−0、そして3位を祝ったフロート・マルクト――。全ては歴史である。マルティネス監督はバスとバルコニーの上からファンの波を見て、こう思ったという。

「(ベルギーを意味する)赤、黒、黄色の美しくカラフルな人々の姿があった。この中の若い人たちは、今はまだ今日のことを分かっていないだろう。だけど、特別な瞬間に立ち会えたことを感じ、それが彼らの人生に将来、インスピレーションを与えるだろう。若い世代にとって『人生で成功したい』という思いを抱かせるはずだ」

 市庁舎のバルコニーでマルティネス監督が叫んだ言葉は「俺たちは世界に示したぞ。ウィー・アー・ベルジャン!」だった。俺たちはベルギー人、私たちはベルギー人。そのアイデンティティーが生まれた瞬間になったのかもしれない。

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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