組織のブラジルと、依存のアルゼンチン 対照的な両監督の「エースの扱い方」

沢田啓明

南米の2大国はどちらもGS突破を果たしたが……

メッシ擁するアルゼンチンは辛くもGS突破を決めたが、ブラジルとの内容差は歴然だった 【写真:ロイター/アフロ】

 リオネル・メッシとネイマール、共にスーパースターを擁する南米の2大国が、ワールドカップ(W杯)ロシア大会のグループステージ(GS)を突破した。ただし、その試合内容と結果にはかなりの差があった。

 ブラジルは南米予選を圧倒的な強さで突破し、その後の欧州遠征でも5勝1分けと好調で、大会前にはドイツと並んで優勝候補筆頭に挙げられていた。W杯本大会初戦で堅守のスイスと1−1の引き分け、続くコスタリカ戦では圧倒的に攻めながら相手の全員守備に苦しめられたが、アディショナルタイムにフィリぺ・コウチーニョとネイマールが得点を奪い、勝利を収めた。これで勢いに乗り、最終戦のセルビア戦では2−0の快勝。2勝1分けの勝ち点7(得点5、失点1)で首位通過を決めた。

 2016年6月にブラジル代表の監督に就任した名将チッチは、選手全員が攻守両面で連動してプレーする組織的なスタイルをチームに植え付けた。攻撃ではネイマール、守備ではミランダという柱がおり、堅守にして攻撃パターンも多彩。「エースで背番号10」のネイマールも、2月末に負った右足首の故障が治り、試合勘を取り戻しつつある。ラウンド16ではF組2位のメキシコと対戦するが、優位は動かない。

南米予選から続く、アルゼンチンのメッシ依存

ブラジルはネイマールに頼らず、各選手が与えられた役割を果たしている 【Getty Images】

 一方、南米予選で首位ブラジルと勝ち点13差の3位だったアルゼンチンは、18年3月の欧州遠征でスペインに1−6と大敗するなど大会前から不安が拭えなかった。GS初戦で伏兵アイスランドと対戦したが、「エースで背番号10で主将」のメッシのPK失敗が響いて1−1の引き分け。続くクロアチア戦でも頼みのメッシが精彩を欠き、GKウィリー・カバジェロのミスなどで失点を重ねて0−3と完敗した。

 第3戦のナイジェリア戦では、メッシの大会初得点で先制したが、MFハビエル・マスチェラーノがPKを与えて追い付かれる。試合終了直前、センターバックのマルコス・ロホの得点で勝ち越し、1勝1分け1敗の勝ち点4(得点3、失点5)で辛うじて2位にすべり込んだ。ラウンド16ではC組首位のフランスと対戦するが、難しい試合となりそうだ。

 GSにおける両国の試合内容は対照的だった。ブラジルがネイマールに頼らず、各選手が与えられた役割を果たして組織としてプレーしているのに対し、アルゼンチンはメッシに依存し、他の選手の存在感が希薄で、組織としてうまく機能していない。これは南米予選からずっとそうで、その状態が現在まで続いている。

チッチ監督は「主将持ち回り制」を採用

監督就任後、チッチはネイマールをキャプテンの重圧から開放。「主将持ち回り制」を採用した 【Getty Images】

 近年、今のアルゼンチンとよく似たチームがあった。14年W杯ブラジル大会後から16年6月までのブラジルである。当時のドゥンガ監督はネイマールを主将に指名。まだ若く、しかもとりたててリーダーシップがあるとは思えない男が「エースで背番号10で主将」の重責を担うことになった。

 当初の強化試合では勝利を重ねたが、15年10月に始まったW杯南米予選ではネイマールが徹底的にマークされ、彼が封じられたら全く攻め手がない状態に陥った。国内メディアからは「ネイマール依存症」と批判が相次いだチームは、第6節を終えて参加10カ国中6位と低迷。これにより、ドゥンガが解任されてチッチが後任に就いた。

 監督就任後、チッチが最初にやったのは「ネイマールからキャプテンマークを取り上げること」だった。ネイマールが性格的に主将向きでないことに加え、主将を任せることで、ただでさえ「エースで背番号10」として背負う重圧がさらに強まり、それが彼にもチームにも害を及ぼすことが分かっていた。主将を固定せず、試合の度に主力選手の中から選ぶ「主将持ち回り制」を採用し、本人のプライドを傷つけることなく、彼を主将の責務から解放した。

 プレー面では、攻撃陣にセンターFWのガブリエウ・ジェズス、MFコウチーニョらを抜てきして、組織で相手守備陣を攻略することを志向し、「ネイマール依存症」からの脱却を目指した。また、メディア、国民からエースのプレー内容を問う声が出る度に「1人の選手に余りにも大きな責任を押し付けるべきではない」と彼を擁護した。チッチの監督就任以降、セレソンの攻撃は以前よりもずっとオプションが増え、「ネイマール依存症」という声は聞かれなくなった。そして、ネイマールは種々の重圧から解放されてプレー内容が格段に向上し、そのことがチームの総合力をさらに押し上げた。この好循環が現在まで続いている。

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著者プロフィール

1955年山口県生まれ。上智大学外国語学部仏語学科卒。3年間の会社勤めの後、サハラ砂漠の天然ガス・パイプライン敷設現場で仏語通訳に従事。その資金で1986年W杯メキシコ大会を現地観戦し、人生観が変わる。「日々、フットボールを呼吸し、咀嚼したい」と考え、同年末、ブラジル・サンパウロへ。フットボール・ジャーナリストとして日本の専門誌、新聞などへ寄稿。著書に「マラカナンの悲劇」(新潮社)、「情熱のブラジルサッカー」(平凡社新書)などがある。

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