DeNA田中浩康に託された新たな肩書 監督、主将の挑戦に全力を捧げる
若き主将から感じた頼もしさ
チーム最年長の田中(写真中央)。豊富な実績と経験は必ず若いチームの力になる 【写真:BBM】
「頼もしかったね。新しい横浜の伝統をつくろうとしているんだと感じた。そのプロセスを重要視していく姿勢にすごく共感した。そういう姿を見て、力になりたいと思った」
DeNAがセ・リーグ3位から19年ぶりの日本シリーズ進出を果たした昨季、筒香は毎日のようにベンチで大声を張り上げた。言動、振る舞い、プレー。そのすべてで「一つになって戦おう」とメッセージを発し続けた。田中はそれに「よっしゃ、キャプテンの言うとおりにやっていこうぜ!」と合いの手を打ってきた。強烈なリーダーシップが真っすぐに受け入れられるように努めた。
「全員が仲良くやる必要はないのだけれども、やっぱりチームだから勝利に向かって一つになって戦うことが絶対必要だと思う。プロでもそれは関係ない。むしろプロだからこそ、だと思うんだよ」
主将の精神的負荷が大きいと感じたときには「絶対にそうだ」「キャプテンは素晴らしいことをやっているよ」と勇気づけ、「筒香は日本の(デレク・)ジーターになる男だ」とMLB・ヤンキースの英雄的主将になぞらえて鼓舞してきた。「まあ、俺はジーターのことはよく知らないんだけどね。俺が言えるのはそのくらいだよ」。
筒香の振る舞いに、田中はかつてのラミレスの姿を重ね合わせている。筒香はよく試合前のロッカールームに大音量の音楽を流してリラックスした雰囲気をつくり出し、若手の活躍後には母校の校歌をかけて歌わせたこともある。そうしてチームに一体感を生み出そうとする。
「俺もよく現役時代のラミレス監督に踊らされたよ。ロッカーで音楽を突然流して、踊れって。タンゴなのか、知らないラテン系のリズムに合わせて腰を振ってさ」
DeNAに移籍した田中のロッカーに、ラミレス監督が「表参道で買ったんだ」と言ってアメリカの人気アニメのぬいぐるみを置いたこともある。キャラクター名の「ビーバス」と突然付けたあだ名は、ベテランが新天地で溶け込むコミュニケーションツールとなった。
「今、筒香がそういうものを受け継いだのかは分からないけれど、影響を受けたんだろうなと感じるところはある。ラミレス監督と筒香も一緒にプレーしているからね」
田中はナゴヤドームに遠征した際、評論仕事で来場していた権藤博氏に尋ねたことがある。98年、前回優勝時の監督である。
「ベイスターズの伝統って何でしょうか」
権藤氏はチームの足跡を丁寧に教えてくれた。質問に対しては明確な答えがないように感じられたが、ただ一つの言葉が強く耳に残った。
「今はいい雰囲気でやっているよ」
今のベイスターズがきっと伝統になる。監督、主将の挑戦に全力を捧げようと決めた。
ベテランである以上、チームにいい影響を
アメリカンフットボールや、空間把握能力を養うバスケットボールのフリースロー、精神統一のための茶道など、かねて異彩を放ってきたオフの自主トレには、昨年から早稲田大の先輩にも当たる広岡達朗氏の勧めを受け、新たに合気道を取り入れ始めた。
「目からうろこの発見だよ。体の使い方は、若いときと180度考え方が変わった」と貪欲に進化を求め続けている。
力を出す体内プロセスが変化した影響か、今季はフォロースルーで後ろに反り返るような新打撃フォームで、1軍昇格後も安打を重ねている。
一方で、元に戻したものもある。打席で投手と対峙(たいじ)した冒頭、バットを小刻みに縦に振る仕草だ。
作家の村上春樹氏も「猫尻尾打法」と懇意にするルーティンは、もともとはバットが投手方向に倒れ過ぎるクセを防ぐ手段だった。そこには若き日に監督からの指示を忠実に守っていることを示す目的であったり、投手を威嚇するメジャーリーガーに憧れたというノスタルジーもあったりする。近年控えめだったが、今季はっきりと見て取れるほどに、強く振っている。
「今は自分のプロ野球14年間で学んだことをすべて、言動でもプレーでも、すべてを出し切るということだけを考えている」
ベストナイン2度、ゴールデン・グラブ賞1度。昨年は通算1000安打と、史上6人目の300犠打も達成した。“いぶし銀”と称されてきたプレースタイルはもともと脇役に回ることも多いが、輝かしいキャリアを誇る選手でありながら務める「ダッグアウト・キャプテン」をどう捉えているか。
「あえて言われなくてもやるようなことというか。役割うんぬんではなく、ベテランと言われている以上はチームにいい影響を与える存在でないといけないと思っているから」
それはかつてヤクルトで触れたベテランの振る舞いであり、戦力外を経験して新しい球団に来た今の心境でもある。
「俺はヤクルトで育っているから、そこで学んだ基本は変わらない。ただ、心の持ち様は変わった。その瞬間、その場をエンジョイしようという感じかな。それは2軍だろうが、1軍でスタメンのチャンスを与えられたときでもそう」
新しい刺激もある。
「チームの力になりたいと火を付けてくれたのは、筒香というキャプテンとの出会いでもある」
14年目。自らの出番は限られる。それでも一つの境地にたどり着いたように、田中浩の心は充実している。
「なんせ夢の舞台だから。プロ野球という夢に、まさに今いるから。この瞬間をエンジョイしないともったいないでしょう。新しいチームに来て、そこが一段と強まったのは間違いない。またあの舞台に立ちたいと思って現役を続けたわけだから。より夢になったよね、1軍のプロ野球の世界が、夢の世界になった。存分にエンジョイしていますよ」
(文=小林陽彦(共同通信社) 写真=小倉直樹、BBM)