見る者の胸を打ったイラン対モロッコ 過酷な消耗戦で見せた限界のプレー

中田徹

後半アディショナルタイムのオウンゴールが決勝点に

後半アディショナルタイムのオウンゴールが決勝ゴールとなった 【Getty Images】

 イラン戦のモロッコは良い面でも悪い面でも、予想通りの試合をしたのかもしれない。立ち上がりから20分間は、ボールを保持すると後ろに2人のセンターバックと1人の中盤を残し、前掛かりになってイランを圧迫した。右に張り出したポジションを取っていたツィエクは、右サイドバックのN・アムラバトがウイングの位置にせり出すとトップ下に移り、そこからフリーロールのように動き回った。何よりアミーヌ・アリのドリブルが利いていた。

 この時間帯のモロッコの多彩な攻めと、ボールを失った後の守備は「イランとはレベルが違う」と感じた。オランダメディアの速報を読んでも「モロッコが攻撃的で面白いサッカーをしている」とあった。

 しかし、この攻勢を生かせずゴールを奪えずにいると、イランの割り切った守備の前にペースを崩し、やがて守備にも乱れが生じるようになった。その後はモロッコがボールを持っても、アタッキングサードでのアイデアを欠き、後半に至っては35分にツィエクが得意の左足シュートでイランゴールを襲うまでチャンスはゼロだった。

 試合は後半のアディショナルタイム5分、イランが得たFKをエフサン・ハジサフィが蹴り、モロッコの選手のオウンゴールを誘って決勝点となった。だが、私の集計では後半のイランはシュートゼロのまま終わってしまった。

インテンシティーの高い試合は、足をつるなどアクシデントが続出した 【Getty Images】

 後半、パフォーマンスを落としたままのモロッコと、「0−0でよし」とする戦術を採ったイランだったが、それでも見る者の胸を打ったのは、チャンスメークは乏しくても、それ以外のプレーで限界に臨んでいたから。脳振とうを起こす者、肋骨を痛める者、ハムストリングを痛める者、足をつる者といったアクシデントは、プレーのインテンシティーとのトレードオフだった。

イラン・ケイロス監督「しっかり痕跡を残したい」

国際政治の影響を受け、難しい調整を強いられたなかで結果を残したケイロス監督 【Getty Images】

 この日の「表の好カード」はソチで行われたポルトガルvs.スペインだった。試合は期待以上のスペクタクルなものになり、3−3という派手な結果に世界が湧いた。一方、モロッコvs.イランは「裏の好カード」だった。この試合を「決勝戦」と捉えていたカルロス・ケイロス監督は「勝つには運も必要。今日は運があった」と語り、それを記者から「奇跡」と受け止められた一幕があったが、「今日の勝利は奇跡ではない。チームスタッフ、選手たちがしっかり仕事をした成果。その上で運が味方した」と語った。

 国際政治の影響を受け、大会前の親善試合のキャンセルが続いてしまったハンディを乗り越えて幸先良いスタートを切ったイランの次の相手はスペインだ。「今度は“(イランにとって)ユニバーサルな決勝戦”だ。スペインにはブラジルから帰化した選手(ジエゴ・コスタ)までいるんだ(笑)」とケイロス監督。

「B組がスペイン、ポルトガルという強国ぞろいになって、イランはこの大会を経験の場にするか、それともグループリーグ突破を狙うかの2択だった。そして私達はイラン国民に対して『グループリーグを突破することを試みる』というロイヤリティーを示して戦うことにした。

 イランは大会前の合宿ができず、試合もできなかった。国際政治の問題がある中、何とか選手たちには楽しんでサッカーをしてほしかった。W杯は世界の強豪国が集まる舞台だ。イランも、その32カ国の一員として、しっかり痕跡を残したい」(ケイロス監督)

 グループBはイランが首位に立って第1節を終えた。

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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