仙台89ERSが上げた反撃ののろし 経営改革で5年後のB1制覇へ

大島和人

「小さな巨人」志村のフロント入り

17−18シーズン終了をもって現役を引退し、フロント入りを決意した志村(左) 【(C)B.LEAGUE】

 渡辺とともに新生ナイナーズの株主、取締役になるのが志村雄彦だ。志村は160センチの「小さな巨人」として知られ、高校、大学と日本一に輝いたポイントガードだ。東芝を経て08年に仙台へ加入し、17−18シーズンまでは現役でプレーしていた。

 志村は仙台高バスケ部で渡辺の3年後輩に当たる。学年的には「入れ替わり」だが、志村は中学時代から仙台高の練習に参加しており、当時から面識はあった。渡辺は名将・佐藤久夫監督(現明成高)が脇にいる中で、ベンチから先輩に堂々と指示を飛ばす当時の志村を思い出して、「前のめりで、すごいなと思いましたね」と懐かしそうに振り返る。

 近年の2人は「シーズンが終わったらお疲れ会をする」くらいの関係だった。17年11月、仙台高の元キャプテン4人が集まった席では、渡辺は志村に「一緒にやれたら面白いよね」と軽く冗談交じりに話をしたこともあったという。

 その話を現実のものとするため、渡辺が知人に相談。以前からバスケットボールクラブの経営に興味を持っていたデービット・ホルトン(42歳)と話がつながった。ホルトンはカナダ出身だが日本で起業した、サプリメントメーカー「HALEO(ハレオ)」のオーナー経営者だ。2月中旬にホルトンとの話がスタートし、筆頭株主HALEOのホルトンが会長となり、渡辺が経営を担う社長となる体制で話を進めることとなった。

 渡辺は志村を選手でなく、経営の右腕として起用する考えで、志村もそれを受け入れた。志村の肩書は未定だが、営業やファンへの発信はもちろん、チームの強化編成などゼネラルマネージャー(GM)的な形でクラブに関わる。

 志村はこう思いを述べる。

「毎日がチームを作り上げていく刺激的な日々で、それを皆さんにお見せできる日が来るのがすごく楽しみです。職員の人たちに教わりながら、風通しの良い空間にすることが僕の役割だと思う」

来季は地固めを意識

元選手の志村(左)と渡辺新社長(右)による新体制。来季の目標はB1復帰だ 【大島和人】

 仙台の予算規模や置かれた環境を考えると、いきなり「ハード面への投資」は難しい。渡辺は「まずはソフトだと思っていて、そのベースになるのは人」と経営の“原点”を強調する。演出、グッズなどの質向上は、集客や収入増のベースだ。

 プロモーション、スポンサー営業については少し踏み込んだ考えを持っている。

「『応援をする』という感情を、もう少し具体的に理解をしなければいけない。カッコいいとか、地元出身とか、いろいろあると思います。ただ僕は、ファンは目標設定をして頑張っている人を一番応援したくなると思うんです。それを明確に伝えてプロモーションしていきたい」

 スポンサー営業に関して渡辺は、「イーグルスのやり方とは全く違うと思っています。ナイナーズの価値は露出による広告価値でなく、地域のクラブとして共に戦うところ」と分析する。プロ野球に比べて規模が小さく、経営者や選手とスポンサーの距離が近いバスケだからこその醍醐味がある。

 クラブのメインターゲットは東京に本社を置くナショナルクライアントでなく、地元のオーナー企業だ。彼らを引き込む戦略を彼はこう説明する。

「チーム人件費が1億5000万円あれば、B1に上がれる可能性はぐっと高まる。そのためにこういうものをそろえる、これだけ投資するのでそこに協力して下さい、と言った方が関与度は高まります。ブースターも一緒ですが、そうすればアリーナで感情移入もできる。やりたいことを理解していただいて、そこに投資をお願いするという順番でプレゼンテーションをしたい」

 18−19シーズンの目標はやはりB1への復帰で、選手人件費は今季から若干の増額となる見込みだ。ただし一気にリスクを取るのでなく、地固めを意識するシーズンとなる。

 志村のバスケに関する知識や理解力は、チーム強化の面でも生きるだろう。補強戦略については「(160センチの)自分より小さい選手は取りません」という“志村ジョーク”を飛ばしつつ、人間性重視の方向性を口にする。

「最終的に人だと思っている。僕らのやりたいことを理解して、一緒にコミットしてくれて、チームに対するロイヤリティ(忠誠度)がどんどん高まっていく選手という考えでやっていきたい」

桶谷新HC獲得の狙い

新ヘッドコーチには3季に渡って大阪エヴェッサの指揮を執っていた桶谷氏が決まった 【(C)B.LEAGUE】

 新ヘッドコーチ(HC)には桶谷大(40歳)の就任が決まった。志村が「やりたいこと」を共に構想し、深めていくキーマンとなる。桶谷HCは若くして琉球ゴールデンキングス時代にbjリーグを2度制した実績を持ち、岩手ビッグブルズを経て、15−16シーズンからは3季に渡って大阪エヴェッサの指揮を執っていた。志村は東日本大震災で仙台が活動を停止した11年に、選手救済制度による期限付き移籍で琉球に加入。約2カ月間だが桶谷の指導を受け、その手腕を自ら味わっている。志村は契約の理由をこう説明していた。

「僕らの目標は5年後にB1で優勝すること。1年目はそこに向けた土台、クラブのフィロソフィーを作るシーズンだと思っているので、一緒に積み上げていけるコーチがよかった。タレントを集めて勝つのでなく、チームとして勝ちたい。

 桶谷さんは輪をもたらせるコーチで、バスケットに対する情熱がある。琉球では山内盛久(サンロッカーズ渋谷)を練習生から育てましたし、岩手なら小野寺(祥太/秋田ノーザンハピネッツ)を高卒で使っています。原石を磨いて、チームを一緒に強くする戦略戦術を持っているところで選定しました」

 渡辺は「僕たちの強みは日本で20年以上生活をした外国人が仲間にいること」と、クラブ独自の強みを口にする。ホルトン新オーナーと懇意で、イーグルスの初代GMを務めたマーティ・キーナート氏も関わることが決まった。彼らは外国籍選手と直接コミュニケーションを取り、バックグラウンドなども踏まえて「日本に適応する人間かどうか」も測れる。仙台でストレスなく暮らすためのアドバイス、フォローも可能だ。

 ユニークな発想、ノウハウを持つホルトンが会長となり、株主、スポンサーとしてHALEO社がチームを支えることになった。そしてプロ野球の現場で手腕を見せた渡辺新社長、バスケを知りファンとつながる志村が経営の先頭に立つ。

 Bリーグらしい、ベンチャー精神を感じるクラブが完成した。この2シーズンは苦しんだ仙台だが、5年後のB1制覇というゴールに向けて、反撃と成長の体制は整った。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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