【新日本プロレス】オカダが棚橋を退け前人未到V12達成 次期挑戦者にオメガ逆指名で大阪決戦へ

高木裕美

オスプレイはKUSHIDAに完勝しV3

オスプレイがKUSHIDAに快勝しIWGPジュニアV3に成功 【写真:SHUHEI YOKOTA】

 セミファイナルのIWGPジュニアヘビー級選手権試合では、王者ウィル・オスプレイがKUSHIDAを退け、3度目の防衛に成功。だが、試合後、BULLET CLUBのBONE SOLDIERこと、石森太二がオスプレイを襲撃。ジュニアの祭典「BEST OF THE SUPER Jr.25」開幕(5.18後楽園ホール)を前に、風雲急を告げた。

 オスプレイは新日本マット初登場となった16年4.10両国大会で、KUSHIDAの保持していた同王座に挑戦するも敗北。同年の「BEST OF THE SUPER Jr.」で初出場初優勝を遂げると、6.19大阪城大会で再度挑戦するが、またしても敗れた。しかし、昨年の10.9両国大会では、3度目の挑戦にしてようやくオスプレイが勝利し、同王座を初戴冠。今回、4.1両国大会でV2達成後、自ら「さらに自分の強さを証明するためにこのベルトを賭けてもう一度戦おう」とKUSHIDAを逆指名した。

 両者とも首と肩をテーピングでガチガチに固めた状態で試合スタート。10分過ぎ、オスプレイがその場飛び式シューティングスタープレス、ジャーマンスープレックスからKUSHIDAのテーピングを引きちぎると、KUSHIDAも場外マット上でのDDT、ウルトラウラカンラナで反撃。だが、オスプレイはエアーアサシン、コークスクリューキックを繰り出すと、KUSHIDAのホバーボードロックを脱出し、エセックスデストロイヤー。20分過ぎ、KUSHIDAが自らテーピングをはずすと、オスプレイもはぎ取り、ヒザをついてのエルボー合戦。顔面ステップキックの応酬からKUSHIDAがマサヒロタナカ、両腕をつかんだままのストンピング。しかし、オスプレイは笑って挑発してみせると、雪崩式オスカッターからのストームブレイカーで完勝。文句なしの3カウントを奪い取った。

まさかの石森登場に新日本ジュニア激震

ボーンソルジャーとして元ノアの石森が登場し、会場は騒然となった 【写真:SHUHEI YOKOTA】

 しかし、その直後に、場内が暗転。「BONE SOLDIER WILL RETURN」の映像に続き、BULLET CLUBのタマ・トンガが登場してマイクを握るが、密かにオスプレイの背後から、マスク姿の筋肉隆々男が登場し、オスプレイにコードブレーカーを発射。場内が騒然となる中、トンガがマスクをはぎ取ると、その正体は何と、元プロレスリング・ノアの石森であったため、場内が大きくどよめいた。トンガは「見ろ、この体。すげえだろ」と石森の筋肉美を誇示すると、ウルフパックでタッチ。正式にBULLET CLUBの新メンバーとして迎え入れた。

 石森はかつてオカダも所属していた闘龍門の出身で、03年に日本デビュー後、04年には新日本マットにも参戦。06年からプロレスリング・ノアにレギュラー参戦し、08年に正式入団。GHCジュニアヘビー級王座を歴代最多記録となる10度防衛したほか、GHCジュニアタッグ王座も6度戴冠した。

 16年7月には新日本主催の「SUPER J-CUP」に出場し、1回戦でKUSHIDAに敗退。同年10月の「SUPER Jr. TAG TOURNAMENT」では、ACHとのコンビで準優勝(優勝はロッキー・ロメロ&バレッタ)の結果を残していた。

 今年3月12日にノアを退団し、フリーに転向。海外に主戦場を移していただけに、まさかの新日本マット登場、まさかのBULLET CLUB入りに、石森を知るプロレスファンはもちろん、石森をよく知らない新日本ファンも騒然。石森の加入により、新日本ジュニア、そしてBULLET CLUBの勢力図に大変動をもたらしそうだ。

バレットの絆は固いが、オメガvs.Codyは継続

バレットクラブは固い結束を示したが、いまだオメガとCodyの溝は埋まらず…… 【写真:SHUHEI YOKOTA】

 第7試合では、2派に分かれての内紛が続くBULLET CLUBによる10人タッグ戦として、ケニー・オメガ&飯伏幸太&バッドラック・ファレ&タマ・トンガ&タンガ・ロア組対Cody&ハングマン・ペイジ&マーティー・スカル&マット・ジャクソン&ニック・ジャクソン組が激突。3代目リーダーであるオメガと、下克上を狙うCodyの派閥・覇権争いにより、「内部分裂」を起こしていたものの、2人を除くメンバーたちは固い結束をアピールした。

 入場時から苛立ちを隠せないCodyに対し、オメガは観客の声援をあおりながら客席にTシャツを投げ入れるが、なんと、Codyは客席に降り、Tシャツをキャッチした観客から強引に奪い取る暴挙に出たため、場内からは大ブーイングが起こる。

 一方、Cody派にはついたものの、かつてはオメガと「THE ELITE」というユニットを結成していたヤングバックスの2人は、まだためらいを隠せず。マットはオメガのパートナーである飯伏への攻撃ができず、スカルにタッチしてしまう。さらにヤングバックスは、ゴールデン☆ラヴァーズのクロスラッシュを阻止した際、オメガに何かをアピール。だが、飯伏は聞く耳を持たず、Cody派の妨害も入ったことで、再び試合の流れの中に引き戻されてしまう。飯伏がバミューダトライアングルで勢いをつけると、ファレがスカルをボディープレスで圧殺。オメガ組が勝利を収めた。

 試合後、第2試合に出場していたBULLET CLUBメンバーの高橋裕二郎、チェーズ・オーエンズがリングに駆けつける一方で、Codyが素早く逃走すると、オメガもそれを追いかけ、一足早くバックステージへと退場。飯伏はリングに残ったもの、コーナーへと下がって、輪には加わらず。リング上に集結した9人のメンバーは、ウルクパックを突き合せてToo Sweetポーズをかわし、結束をアピール。一方、BULLET CLUBのメンバーではない飯伏は、その光景に背中を向けてリングを降り、あくまでも“部外者”の立場を貫いた。

ジェリコが強襲で内藤は血だるまに

試合後、クリス・ジェリコが内藤を襲撃。血だるまにして帰っていった 【写真:SHUHEI YOKOTA】

 第6試合では、ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンの内藤哲也&EVIL&SANADA&BUSHI&高橋ヒロム組と鈴木軍の鈴木みのる&ランス・アーチャー&デイビーボーイ・スミスJr.&金丸義信&エル・デスペラード組が対戦。みのるのヒザ攻撃を耐えた内藤が金丸をデスティーノで粉砕し、連日にわたる抗争をLIJが制するも、試合後、なんとクリス・ジェリコが乱入。内藤を血祭りに上げたことで、1.5後楽園で生まれた遺恨に再び火がついた。

 WWEスーパースターのジェリコは、今年の1.4東京ドームでオメガの持つIWGP US王座に挑戦し、ラフファイト連発でオメガを流血に追い込むも敗北。試合後は「もう日本に戻ってくることは二度とないだろう」とまで口にしていたが、その翌日の1.5後楽園ホール大会のメイン終了後、大会を締めようとしていた内藤を、突如現れたジェリコが襲撃。セコンドの制止を振り切り、テーブルを投げつけるなど、猛り狂うジェリコに対し、内藤はリングに寝転がり、目を見開いて挑発。「何でそんなに熱くなってるんだよ。オレもよく知らないけど、世界的に有名なレスラーなんでしょ。オレのことが気になったのかな。熱くなってくれるのは構わないが、まさにトランキーロ、あっせんなよ」 と余裕を見せていた。

 あれから4カ月。昨年12月11日に続き、またしてもジェリコが襲撃の舞台に選んだのは福岡であった。昨年12月の際は、会場スクリーンでVTRを通じてオメガにメッセージを送った直後に、会場に現れてオメガに殴りかかると、奪ったUSベルトで顔面を殴打し、大出血に追いやった。

 だが、この日は何の前兆もなかった。試合後、勝利した内藤に対し、客席から「内藤」コールが自然発生。内藤はこれに応え、颯爽と花道を引き揚げようとするが、そこに謎の覆面男が立ちはだかった。LIJのパーカーをまとい、BUSHIのマスクをかぶった男の姿に、観客は敵か、味方か、熱狂的なファンか、何者なのかまったく分からずにざわつく中、この覆面男は客席のフェンスで内藤を殴打。客席から悲鳴が上がる中、男は内藤を強引にリングに押し上げ、なおもナックルを連打。それからマスクを脱ぐと、なんと、その正体はジェリコであった。パーカーの下に着ていたTシャツには、「ロス・インゴベルナブレス・デ・ジェリコ」の文字。顔面に不気味なメイクを施したジェリコは、内藤にコードブレーカー、ストンピング、ナックルを打ち込むと、さらに奪ったゴングで内藤の顔面を殴打。この一撃で内藤は顔面から大流血。LIJのメンバーが内藤の元に駆けつけるが、ジェリコはかまわず、再び内藤に殴りかかり、イスを投げて退場。顔面を真っ赤に染めた内藤は、用意された担架を不要とばかりに投げ捨てると、怒りをあらわに、セコンドに八つ当たりしながら花道を引き揚げた。

 この日の入場でも、「必要ない」IWGPインターコンチネンタル王座は持参してこなかった内藤だが、ジェリコからの襲撃を受け、このベルトを賭けて、タイトルマッチでの決着戦が濃厚となった。

2/2ページ

著者プロフィール

静岡県沼津市出身。埼玉大学教養学部卒業後、新聞社に勤務し、プロレス&格闘技を担当。退社後、フリーライターとなる。スポーツナビではメジャーからインディー、デスマッチからお笑いまで幅広くプロレス団体を取材し、 年間で約100大会を観戦している 。最も深く影響を受けたのは、 1990年代の全日本プロレスの四天王プロレス。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント