五輪中間年は挑戦のチャンス 競泳日本選手権で見えた「準決勝活用法」

田坂友暁

決勝での結果すら左右する「準決勝の泳ぎ方」

準決勝でチャレンジをし、決勝レースに生かした池江 【写真は共同】

 彼らに共通していたのが準決勝を利用したことだ。

 池江は新しいことへのチャレンジを試みて、その結果を受けて、さらに良いレース展開の選択をすることができた。瀬戸はチャレンジというよりも、確認作業に準決勝を利用した。そうすることで、決勝はどんな泳ぎ、展開をすれば良いかを固めることができた。大切なのは、準決勝を単純に1本レースが増えると考えるのではなく、全力で戦略や泳ぎ方を試す場が1本増えた、と考えることだ。

 とても分かりやすい例がある。13年、スペイン・バルセロナで行われた第15回世界水泳の女子200メートル平泳ぎ。準決勝で、リッケ・ペダーセン(デンマーク)が前半の100メートルを1分07秒台で入るという驚きのレース展開で2分19秒11の世界新記録を樹立。同時に、ユリア・エフィモワ(ロシア)も、ペダーセンと同じように100メートルを1分07秒台で入り、2分19秒85というタイムで泳いだ。ふたりとも、前半から積極的に攻めるレースを準決勝で行ったのだ。

 決勝も、同じように前半から飛ばしていくレース展開になるだろうと誰もが予想していたが、結果は違った。

 ペダーセンは準決勝と同じように1分07秒台で100メートルを折り返したが、エフィモワは1分08秒台でターンしたのだ。100メートルの時点で、ペダーセンのリードは体ひとつ程度。ここで勝負がついた。

 先行していたペダーセンは、エフィモワも当然、1分07秒台でくると思っていただろう。しかし実際は自分が体ひとつ分リードしていると分かったら、選手の心理としてどうなるか。

 当然、前半に突っ込み過ぎた、と考える。この時点でエフィモワが心理的優位に立ち、ペダーセンをラスト50メートルで逆転して優勝した。準決勝で前半から突っ込むと思わせておいて、決勝では後半勝負で仕掛けたエフィモワの作戦勝ちだった。

 このように、準決勝というのは、決勝での勝敗を左右するほど、大きな意味を持っているのである。

どんどん新しいことへの挑戦を

日本代表に選ばれた選手たち。彼らもまた準決勝システムを上手に生かした上で、代表権を手にした 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 実は今年開かれる国際大会では、準決勝は行われない。では、なぜ今年に準決勝を行ったのか。

 その答えは、東京五輪にある。東京五輪前に準決勝を行う国際大会は、来年の世界水泳だけ。19年と20年の日本選手権も準決勝システムを採用すると考えても、3回しか準決勝を経験する機会がない。もし世界水泳に選ばれなかったら、日本選手権の2回だけになってしまう。

 準決勝を経験する貴重な機会にも関わらず、単純に“こなすだけ”の準決勝の泳ぎ方をしていては、何の経験にもならない。

 準決勝というのは、決勝進出を決めるレースなのではなく、決勝の勝敗を決めるレースなのだ。だからこそ、1回でも多く準決勝を経験し、その泳ぎや展開を決勝に生かすことをしておかなければ、いざというときに勝負することなど、とうてい不可能だ。

 この準決勝をうまく使い、日本選手権を勝ち抜いた選手たちが、今年の日本代表として選ばれている。そういう意味では、追試前に選ばれた全23人の選手たちは皆、東京五輪を見据えたレースをしていた。もちろん、代表に選ばれなかったが、準決勝をうまく活用し、課題を見つけ、試行錯誤をしていた選手も多い。そういった選手は、必ず追試で代表に入ってくることだろう。

 世界で勝負をしたいのか、ただ代表に選ばれたいだけなのか。その差が少しずつ、結果として見え始めている。来年はもう五輪前哨戦となる世界水泳が待っており、それが終わればもう五輪への準備を進めていかなければならない。だからこそ中間年である今年は、メダルや記録といった分かりやすい結果よりも、どんどん思い切ったチャレンジをしてもらいたい。それが必ず、2020年へと続く道を示すことになるのだから。

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著者プロフィール

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かした幅広いテーマで水泳を中心に取材・執筆を行っている。

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