セリーナの涙、シャラポワのファイト 大坂なおみが胸に刻む女王たちの姿

内田暁

ブーイングの中で 19歳のセリーナが戦ったあの日

「会場で、最初にボールを打った時から感覚が良かった」というインディアンウェルズの町は、大坂なおみ(日清食品)にとり、ある種の“思い出の地”でもある。
 それはテニスを始めて間もない大坂が、今もあこがれる存在に、あこがれるきっかけとなった幼い思い出――。

「セリーナが、インディアンウェルズで優勝した試合……あの試合で彼女は、スタジアム全体がブーイングするなかで勝った。その姿を見て、なんてすごい人なんだろうと思って……」

澄み切った空が広がるインディアンウェルズ。“セリーナの思い出”があるこの町で、記念すべきツアー初優勝を飾った。写真は優勝者の記念撮影に臨む大坂 【写真:Shutterstock/アフロ】

 大坂が感動したその試合とは、グランドスラム23回優勝を誇る女王セリーナ・ウィリアムズ(米国)が、まだ19歳だった日のこと。インディアンウェルズ大会の準決勝でセリーナは姉のビーナス・ウィリアムズ(米国)と競うはずだったが、ビーナスが試合直前にケガを理由に棄権した。期待の姉妹対決を見られなかった観客の不満は、その翌日、決勝を戦うセリーナへの理不尽なブーイングとして噴出する。アリーナ全体を敵にまわし、それでも毅然と戦い続けたセリーナは、勝利後に父親の胸に飛び込むと、肩を震わせ泣きじゃくった。

「私も子供の頃の試合で、観客のほとんどが対戦相手を応援したので、哀しくて負けてしまったことがあったの。セリーナの試合を見たのは、リアルタイムではなく数年後だったけれど、彼女の姿を見て、私もこんな風になりたいと思った」

 子供の頃に記憶を巻き戻し、大坂はセリーナにあこがれた最初の契機を振り返った。

シャラポワと初対戦 実感した“ファイト”

初戦で元世界1位のシャラポワにストレートで勝利すると、その後もラドワンスカ、プリスコバ、ハレプら実力者たちを次々と倒した 【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 その時以来、セリーナを憧憬の目で追う大坂は、やがてもう一人の選手に尊敬の念を抱くようになる。
 ブロンドのポニーテールを揺らしボールを強打するロシア人は、2004年のウィンブルドン決勝でセリーナを破り、以降、彼女のライバルと呼ばれるようになっていた。そのセリーナのライバルは、いかなる状況にあってもクールな立ち居振る舞いを崩さず、ポーカーフェイスで戦い続ける。
「彼女のようなメンタリティーと、セリーナのプレーを備えた選手になれたら、かっこいいだろうな……」
 大坂が、強きメンタリティーに敬意を抱いた選手の名はマリア・シャラポワ(ロシア)。そのシャラポワと大坂は、今回のインディアンウェルズ(BNPパリバ・オープン)初戦で、初対戦の時を迎えたのだった。

「彼女は、全てのポイントでファイトしてくる。私も同じように全てのポイントに集中し、なおかつ決めに行くべき場面を見極めよう」

 センターコートでシャラポワと相対した大坂は、自分にそう言い聞かせ、うなり声と共にたたき込まれる強打を時に丁寧に打ち返し、時に自慢のフォアで強烈に打ち抜いた。さらに大坂が「自分を誇りに思った」のが、いずれのセットも競った展開から、最後は突き放し勝利をつかみ取ったこと。
「マリアの戦う姿から、多くを学んできた」と言う大坂は、まるで“師”に対して成長した姿を見せるかのように、内面の強さを示しストレートで勝利した。

力強いサーブでも相手を揺さぶった 【写真:Shutterstock/アフロ】

 初戦で“憧れの存在超え”を成した大坂は、その勝利を自信の根拠として、コートに立つたびに心身を研ぎ澄ましていく。3回戦を突破した翌日には、ビーナス対セリーナのウィリアムズ姉妹対決を見る機会も得た。

「この先、二人の対戦が何度見られるか分からない。だから今回、この試合を見られた人はものすごくラッキーだと思う。それに二人は、私の偉大なロールモデル(模範)。私は子供の頃からずっと、二人と対戦したいと思っていたから」

“自分がテニスを始めた理由”でもあるウィリアムズ姉妹の対戦を目の当たりにし、今やその二人と同じ舞台に立つ事実を再認識したことは、幼き日に見た夢の実現を、大坂に一層強く願わせたはずだ。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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