NHLが選手を平昌五輪に出せない理由 ビジネス優先がブランド価値増の機会逃す

杉浦大介

NHL選手不参加は“カネ”の問題

平昌五輪ではNHLの選手たちは不参加が決定。韓国ではオベチキン(左)とクロスビー(右)のライバル対決は見られない 【Getty Images】

 米国4大スポーツの1つ、NHL(アイスホッケーの北米リーグ)の選手たちの平昌五輪不参加がすでに決まっている。アレクサンドル・オベチキン(ロシア)、シドニー・クロスビー(カナダ)といったスーパースターが出場せず、冬季五輪の花形競技である男子アイスホッケーが盛り上がりに欠けることは必至。米国代表も欧州などの他リーグで活躍する選手たちで構成されることになり、国民が感情移入するのは難しいだろう。

 2014年のソチ五輪まで、NHLは過去5大会連続で冬季五輪に選手を送り込んできた。それにも関わらず、今回は残念な決定が下された理由はどこにあるのか。ニューヨーク在住のフリーランスライターで、AP通信などの媒体でNHLを取材するデニス・ゴーマン記者はこう語る。

「各チームのオーナーたちは、2月にシーズンを中断させるだけの価値を五輪に見いださなかった。掘り下げると、過去の大会ではIOC(国際オリンピック委員会)が相応の経費を負担してきたが、今回はそれが得られなかったということ」

 シンプルに、理由は“カネ”。これまではIOCが保険や渡航費を負担していたが、今大会ではそれがなくなった。けがのリスクもある中で、リーグのオーナーたちは自らが抱える選手を無報酬の五輪に送り込むのは割に合わない。IOCの決定後にIIHF(国際アイスホッケー連盟)が2000万ドル(約21億8000万円)の負担を申し出たが、NHLはそれでも首を縦に振らなかった。

米国内では五輪不参加に賛成? WBCと同じ現象

NFLのスーパーボウルも終わり、米国内でもNHLの注目度が高まるこの時期。やはりシーズンを中断させたくないのは理解できる 【Getty Images】

「商業的なリーグだけを優遇するわけにはいかない」というIOCのバックアップ打ち切りの理由はしごくまっとうに聞こえる。一方、そんな結果が出た後に、NHLが譲歩を望まなかったのも分からなくはない。

 米国のプロスポーツはビジネス。オーナーたちは大事な“商品”である選手に五輪でけがをされたらたまらないし、シーズンを中断すれば短期的な経済的損失は莫大だ。地元を代表する選手たちが五輪に出ないことに対し、各チームのファンからもそれほど落胆の声は挙がっていない。もともと米国内では国際試合に関心が薄い。NHLの調査で、ファンの7割以上がシーズン中断を望んでいなかったというデータも紹介されている。

「今回のNHLの対応は、ベースボールのワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のそれに似ている。MLB主導の大会であるにも関わらず、選手が疲労する、故障のリスクがあるという理由で各チームはWBCに協力的ではない。目先の利益に固執する姿勢がより極端になったケースだと言える」

 ニューヨークの有名紙の記者は、匿名という条件でそう話してくれた。国際試合よりローカルリーグが人気の米国では、確かにWBCの際にも「チームがスター選手の出場を望んでいない」といった話が話題になる。

 それでもWBCはMLBシーズン開幕前に行われるため、本人が出場を熱望すればかなえられることが多い。夏季五輪はNBAのオフシーズンに開催されるため、米国はバスケットボールに“ドリームチーム”を送り込むことが可能だ。しかし、NHLは今まさにシーズン真っ只中。特にNFLのスーパーボウルが終わり、米国内でもNHLに注目が集まる2月にシーズンを中断させたくないというのは理解できるところではある。

平昌は“絶好の機会を逃した五輪”に

コナー・マクデイビッド(左)のようなスター選手が五輪の花形競技に出られないことは競技の底辺拡大にはつなげられない 【Getty Images】

 ただ……たとえそうだとしても、世界最大のショーケースである五輪に背を向けることは長期的視野では得策でないようにも思える。

 一部のトップ選手は怒りを露わにし、NHLの選手会も一連の動きに反発している。冬季五輪の花形競技に最高峰の選手たちが不参加になることで、開催地だけでなく、米国、カナダ以外の国のファンも少なからず落胆しているだろう。

「今回の一件でNHL、IIHF、IOCは絶好の機会を逃したと考える。米国内でNHLの視聴率は低迷している。例えば、エドモントン・オイラーズのコナー・マクデイビッド(カナダ)、バッファロー・セイバーズのジャック・エイチェル(米国)が五輪で大々的に取り上げられることは、NHLにとって(宣伝効果という面で)大きな意味があったはずだ。一方、多くのNHLプレーヤーの出場が約束されるなら、IOCも何らかの配慮をすべきだった。例えばNHLをスポンサーにするとか、グッズ売り上げに関連させるといった方法もある。協力し合えば、すべての組織が利益を生み出すことは可能だったと思えてならない」

 ゴーマン記者がそう述べる通り、どこかに公正な着地点を見つけられなかったのかという思いはぬぐい去れない。

 NHLのコミッショナーは、過去の五輪イヤーを見ても、五輪はNHLの視聴率アップにはつながっていないと述べているという。それはまさに短絡的な視点で、五輪のそれぞれの競技への影響はやはり無視できない。ゴーマン記者の指摘した当面のビジネス面だけでなく、競技の底辺拡大、選手のブランド価値増大の効果もある。その最たる例が、“ドリームチーム”の強さに世界中が魅せられた1992年の男子バスケットボール米国チームだった。

 もちろんドリームチームは別格だとしても、公平な視点で話し合いを続ければ、NHLも“スポーツの祭典”を何らかの形で有効活用することは可能だったのではないか。それが成されなかったという意味で、18年の平昌は“絶好の機会を逃した五輪”として記憶されていくのかもしれない。
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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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