金メダルが「欲しい」は弱い スノボ竹内智香が捨てた、日本人の遠慮

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「ベストを尽くす」は本音の言葉ではない

「本当に自分が欲しいものをがむしゃらに取りにいく姿勢が大事なんじゃないか」と竹内は語る 【Getty Images】

――スイスチームを離れてからも師事する元世界王者のショッホ兄弟からは、何かアドバイスがありましたか?

 最近はもうないですね。彼らから学んだことは計り知れないですし、前向きな考え方、負の要素をプラスに変える、ポジティブシンキング、いろいろなことを彼らから学んだことはすごく大きいですし、それはもう言わなくても分かるようになってきていると思います。ただやっぱり、彼らと一緒にいるだけでものすごく前向きになれます。金メダルが遠いものに感じない、簡単に取れるものなんだなって。

 日本という囲いの中にいた時は、メダルも表彰台も遠く感じました。でも彼らと一緒にいることによって五輪やメダルが特別なものではない、簡単に手に入るものなんだと思考回路を変えてくれたのが2人なんだと思います。

――印象的な教えはありますか?

 多すぎて分からないですけれども……彼らはたとえ話がすごく上手です。「必要なものだけを持っていればいい」と言われたことがあります。「スーパーに行って、欲しい野菜はその日に食べる新鮮なものだけを選ぶでしょ? レジに行って、自分の必要なものだけをちゃんと買う。レースに行く時も必要なものと不要なものをしっかりと分けてスタートに立てばいい」とか。そういう教え方が面白いというか、分かりやすいです。

 あと「行きたい目的地があるならそれを言えばいい」というのもあります。東京駅に行きたいのなら、東京駅へのチケットをくださいと言ってチケットを買うはずですよね。その途中まで着ければいいかな、なんて思うことはありません。同じように金メダルが欲しいなら金メダルを目指せばいいだけ。

 でも金メダルというプレッシャーやいろいろな要素があることによって、「ベストを尽くします」「感動してもらえるような滑りをしたいです」「感謝の気持ちを伝えたいです」といった表現をしたりする。それは本音ではなく、自分を守るための言葉であって、行きたい目的地のチケットを買うのと同じように欲しいものを発言すればいい、と言われました。当たり前のことなんですけど、なるほどなって。そういうことを教えてもらったことが大きかったと思いますね。

――怒られたことはありますか?

 怒られることは基本的にないですけれども、「五輪で勝ちたいな」「金メダル欲しいな」という言葉すら、彼らにとってはものすごく弱い言葉で。「いや、取るんでしょ?」と返ってきたりとか。例えば「I Want the GOLD MEDAL」、金メダルが欲しいと言うのではなく、「I Will get〜」と言って自分の元に舞い込んでくるような表現の仕方をする。そういう普段の日常生活から、一言一言を直してくれるというのは大きいと思いますね。

――それは最初から無理せずに言えましたか?

 無理して言うことはなかったですね。日本人の文化として言いづらいことなんだと彼らに主張していた時はあります。でも結局、欲しいもののために頑張りたいのは自分であって、そこに対してあまり遠慮する必要はないんじゃないかなという。

 私はいろいろなことに真正面からぶつかっていく性格ですし、日本の文化・組織のなかでは異質な存在として写ることもあるかもしれないです。でも生まれ育った文化やルーツに誇りを持つことも大事だと思うのですが、スタートに立ってからゴールまでの瞬間はそういうものも捨てて、本当に自分が欲しいものをがむしゃらに取りにいく姿勢が大事なんじゃないかなと思います。

――実際に思いを口にするようになって内面の変化はありましたか?

 私が変化っていうよりも、周りが変わることが多いんじゃないかなと思います。私がこういうふうに過ごすことによって、ライバルにも「あいつ本当にやっちゃうんじゃないかな」と思わせることができると思うんですね。相手からすればそういうオーラを持った選手と同じスタートラインに立って戦うこと自体が嫌だと思いますし、日々の目に見えない積み重ねですけれども、そういう一言一言が周りの意識を変えるのではないかなと思います。

「若い選手たちにチャンスを引き継ぎたい」

竹内智香は平昌で5度目の「集大成」を迎える 【スポーツナビ】

――4年前と同じく、アルペンスノーボード種目を引っ張る存在として今回の五輪も臨むことになりそうです。

 もう1回メダルを取ること、金メダルを取ることによって、もう4年、また若い選手たちに良い形でチャンスを引き継げたらいいなと思います。次、もう1回メダルがあるかないかでも、次の世代に引き渡せるものは変わってくると思うので、そこは頑張ってもう1回何かを残したいなと思います。

――若い世代になにか言葉でアドバイスするとしたら、何を送りますか?

 あまりないですね。私はあまりアドバイスされるのもするのも好きなタイプではなくて。自分で見てやりたいと思ったこと、正しいと思ったことを貫くことが一番大事なことだと思います。それがもっとも後悔のない人生だと思うので。もし目標があるならそこに向かって全力で取り組む、それだけなんじゃないかなと思います。

――ソチ五輪の時、全てがそろった状態だとコメントされていました。平昌五輪シーズンの今、全てはそろっていますか?

 ソチ五輪の時はあれが100点満点だと思ってスタートに立ちました。ただ面白いもので、今振り返ればできることはまだ山のようにあって、でもそこに対して後悔があるわけでもないです。そこから学んで、また4年間、できる全ての準備をしてスタートに立てると思っているので、本当に次こそは全てをやり尽くしてスタートに立っていると思います。

――あらためて五輪への意気込みをお願いします。

 本当に待ちに待ったという言葉がぴったりなくらい、この4年間頑張ってきました。アジアで行われる五輪で好きなコンディション、またたくさんの人たちに見に来てもらえて注目してもらえるなかで最高の結果を残したいと思っていますし、それができると思って今やっています。

――集大成、と言ってしまっていい?

 常々、過去5大会全てで集大成と言っています(笑)。

――今回の五輪で過去と違う点があるとしたら?

 全て5大会、全く意味が違います。参加することに意義のある五輪から始まって、初めての決勝、表彰台、いろいろなことを経験して今5大会目にあると思います。

 24年間この世界にいられたことは他の選手にはない経験値です。(環境も整った強豪の)ヨーロッパ人を羨ましいなと思いつつも、日本人だから5大会も出られたとも思います。他の強豪国であればもしかしたら1回や2回しかなかったチャンスを5回使わせてもらっているので、過去の4回の経験を生かした5回目にしたいです。

(取材・文:藤田大豪/スポーツナビ)

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