4連覇の「青学ブランド」築いた育成力 駒大OB神屋氏が箱根駅伝復路を解説
戦前は接戦も予想されたが、青山学院大が独走で4連覇を果たした 【写真:西村尚己/アフロスポーツ】
青山学院大は、復路のメンバーを7区に林奎介(3年)、8区にエース下田裕太(4年)、10区に橋間貴弥(3年)へ変更し、往路優勝を果たした東洋大へ追撃態勢を取った。
東洋大から遅れること36秒後に芦ノ湖をスタートした青山学院大・小野田勇次(3年)は、15キロ付近で東洋大・今西駿介(2年)をかわし、区間賞の走りで逆に52秒リードして小田原中継所へ。7区の林が区間新記録の快走でリードを大きく広げると、8区でもエース下田が区間賞を獲得。この時点で2位東洋大に6分以上の差をつけて勝負を決めると、9区、10区とたすきを大事につなぎ、4年連続トップで大手町に帰ってきた。
往路優勝から逃げ切りたかった東洋大は王者・青山学院大の層の厚さに屈したものの、手堅い走りで10年連続3位以内となる2位でフィニッシュ。3位にはゴール手前で順位を上げた早稲田大が入り、4位に日本体育大。優勝候補の一角だった東海大は、往路9位から底力を見せ一時3位にまで浮上したが、最後に力尽き5位で大会を終えた。
戦前は接戦が予想されながらも、独走で4連覇を果たした青山学院大の強さはどこにあるのか。他校が来年こそ「打倒・青学」を果たすにはどうすればよいのか。駒澤大の元エースで、現在はランニングアドバイザーとして活動する神屋伸行氏に話を聞いた。
小野田はスペシャリストの中のスペシャリスト
逃げる東洋大・今西をとらえた青山学院大の小野田(右) 【写真:日本スポーツプレス協会/アフロスポーツ】
青山学院大は、3位の早稲田大以下に10分以上の大差をつけました。王者への挑戦権を得たのは東洋大だけだったと言えるでしょう。
そのなかで青山学院大の6区、7区、8区は異次元でした。東洋大から見ると、6区で青山学院大・小野田勇次選手(3年)に逆転されても、7区でもう1度勝負できると考えていたと思います。しかし7区の林奎介選手(3年)に(区間新記録と)あれだけの走りをされてしまうと、8区でエース下田裕太選手(4年)が出てくる前に勝負ありという形になってしまいました。
東洋大も6区の今西駿介選手(2年)が区間5位、7区の渡邉奏太選手(2年)は区間3位と悪くないのですが、相手にあの走りをされると厳しいです。
――山下りの6区で小野田選手が今年も躍動しました。
小野田選手は強かったです。技術的な話をすると、過去の山下りのスペシャリストと同じように、小野田選手は急な下りでもブレーキをかけずスピードを落とさないで走ります。今西選手は全体的にはうまく下っていましたが、急な下りになると若干ブレーキがかかっていたので、その積み重ねが足にきて、小野田選手との差になったのだと思います。
(6区のタイムが)59分台であれば立派な下りランナーと言えるのですが、さらにもう一段上の適正を持つ選手が58分台で走ります。今西選手も59分31秒で十分に素質はあるのですが、58分3秒で走った小野田選手はスペシャリストの中のスペシャリストです。
――7区では林選手が区間新記録の快走を見せました。
自身の持ちタイムを大きく上回るようなすごい走りでした。正直、どこからあの力を引っ張り出してきたのかなというような感じなんですけど、これが4連覇を果たした青山学院大の強さなのだろうなと。元々秘めたる力を持っていて、ここまで起用されていなかっただけで、今回その力を発揮できたということなんだろうと思います。
これが青山学院大のチーム力なのでしょう。今大会は実力のある神林勇太選手(1年)、吉田祐也選手、中村友哉選手(ともに2年)がメンバーから外れています。そのなかで林選手や、9区の近藤修一郎選手(4年)のように、調子の良い選手を使えるということが強みです。
――層の厚さでつかんだ総合優勝ということですね。
さらに層が厚い集団のなかで調子が良い選手を試しながら、4連覇の間に着々と新戦力を生み出しています。
2区区間賞の森田歩希選手(3年)は終わってみれば今大会のMVPとも言える走りを見せました。(昨年までのエースである)一色恭志選手が卒業後の2区を託されてしっかり走れるということは、森田選手も着実に経験を積むなかでエース区間である2区で使えるだけの実力になってきているわけです。
また今年も青山学院大は(ダブルエースの1人)下田選手を8区に置きましたが、普通はなかなか(8区には)置けないです。それだけチームとしての育成力が飛び抜けているのだろうなと思います。
東洋大の「10年連続3位以内」も偉業
10年連続3位以内の東洋大もまた抜けた存在だと言える 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
10年連続3位以内というのは、駅伝戦国時代と言われるなかで大変な偉業です。しかも3位は1回しかなく、他は全て優勝か2位。常に優勝争いをするチームというのは、本当の意味での実力を持っています。青山学院大と東洋大はチームとして本当にずば抜けた強さですね。
――3位に入った早稲田大も、これで8年連続5位以内と安定して成績を残しています。
早稲田大はやはり地力がありますし、早稲田大と言えばやはり一般受験で入って4年生で実力を出す、アンカーの谷口耕一郎選手(4年)のような選手がいることが本当の意味での魅力だなと思います。たたき上げの選手とエリートの選手たちが融合するしぶとい駅伝を見せてくれますね。
終わってみれば日本体育大、東海大も意地を見せて4位、5位に入ってきたので、強豪校と言われる学校の地力を見ました。
――その一方で、順天堂大(11位)、駒澤大(12位)、神奈川大(13位)、山梨学院大(18位)とシードを逃した強豪校もありました。
神奈川大は往路5区で失速したショックがあったのか、持ち直せませんでした。駒澤大も、昨年は4区で当時のエース中谷圭佑選手が区間18位に終わりながら何とか巻き返してシード権を獲得(9位)したのですが、今年は取り返せませんでしたね。
トラブルの駒澤大・工藤に懸念する、感覚の喪失
7区でトラブルの駒澤大・工藤は卒業後も将来が期待されるランナー 【写真:アフロスポーツ】
結果的に区間14位なので、走れていないことはありません。ただ、心配なのは今後です。強くなる選手には「感覚」というものがあります。あやふやなものなのですが、強くなっていくなかで「これだと走れる」という感覚ができてきます。それがずっと続くから強いのですが、ある日突然、この感覚を失うことがあります。芸術家でいうと「降りてこなくなった」という状態に近いでしょうか。アスリートにとって一番怖いのはそこなのです。
工藤選手は「あれ?」という状態が12月から発生して、感覚が悪く思うように走れない状態だったと聞きました。ただ、その状態で箱根を止めるという選択は難しいと思います。痛いわけではなく、何か変だなという程度だなと思うので。本番になれば何とかやれる、という思いもあったでしょう。出場を決めた前向きな決断が悪い方向に出てしまいました。本人にとっても起用する側にとってもすごく難しい問題です。
足が抜けて感覚がずれ、なかなか治らず本来の状態に戻せないという選手は実は多いんです。工藤選手のようにずっと強かった選手が1回失敗してつまずくと、私もそうだったのですが、取り返そうと力んで負のスパイラルにはまることがあります。自分のなかに弱い自分ができてしまい、思うようにいかないことにイライラするとますます悪循環に陥ってしまいます。
工藤選手はこれで卒業なので一度リセットして、また強くなるためのリスタートと考えてじっくり取り組むように気をつけることが大事だと思います。東京五輪やその先に向けて頑張ってほしいです。
――注目を集めた東京国際大のオールドルーキー、30歳の渡邊和也選手は区間7位で終えました
東京国際大は序盤苦しい流れだったのですが、彼が走ったことでそこから流れを取り戻し、自分たちの駅伝ができたように見えます。彼のように30歳になって挑戦する選手が、東京国際大の新たな歴史を生み出すキーマンになっていくのかもしれません。まだ1年生であと3回出られるわけですし。
渡邊選手は実業団を終えて指導者、教員になりたいということで大学に入学しました。実業団でずっとやっていた選手が勉強のため30歳前後にしてもう一度大学に、と後に続くケースがこれからは出てくるかもしれません。新しいチャレンジという意味で興味深く、今後も注目していきたいですね。
5連覇阻止へ「青学ブランド」を越えろ
トラックのタイムだけでなく、チームが醸し出す空気などが「王者・青学」を支えているのかもしれない 【赤坂直人/スポーツナビ】
昨年まで青山学院大のエースだった一色選手や秋山雄飛選手が卒業してチャンスが広がるかなと言われてきました。確かにトラックだけで見れば、5000、1万メートルを中心に東海大が一番力を持っていて層も厚いのですが、やはり箱根駅伝は別物なのかなとあらためて感じる今大会の結果でした。
東海大のように、トラックからどんどん上回って青山学院大を焦らせるように勝負していく方向を信じてやっていくのか、東洋大のように「箱根はトラックと別物だよね」という方向を取っていくのか。東海大が思っていたような結果を残せなかったことで、やっぱり箱根、と言い出す学校もあるかもしれないですし、この方向で間違っていないよねといく考えもあると思います。
全部が全部同じ方向でいくとなかなか青山学院大に勝たせてもらえないと思うので、それぞれのチームの特徴のなかでどのように戦っていくかと模索してほしいです。
青山学院大というのはただ走力だけではなく、さまざまな面でチーム力、ブランド力をつけてきています。ノリの良さというか、前を走るのが当たり前だという雰囲気などがあります。「勝者」「それ以外」というイメージになってしまうと勝てないので、どのようにそこを超えていくか。来年へ向けての勝負は箱根駅伝が終わった瞬間から始まっています。
- 前へ
- 1
- 次へ
1/1ページ