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東京2020 THE WAY to 2020

ビーチバレー二見梓が進む真っすぐな道
神奈川の海から目指す、東京五輪の表彰台

V・プレミアリーグで目標の日本一をかなえるが……

V・プレミアリーグ時代には目標だった日本一も達成した
V・プレミアリーグ時代には目標だった日本一も達成した【写真:アフロスポーツ】

 大和南では主将を務め、ユース代表にも選出されたが、3年間、日本一に手が届くことのないまま高校を卒業。当初は大学進学を考えていたが、選んだ進路はV・プレミアリーグの東レアローズ。

「『日本一になりたい』って。その目標をかなえるために、東レへ行こうと決めました」


 入団直後の2011/12シーズン終盤からチャンスをつかみ、レギュラーとしてコートに立ち、夢だった日本一は現実になった。一度勝てばもう一度勝ちたい、とさらに目標が高くなるのも自然な流れではあったが、1年、また1年と時間が過ぎるたび、別の思いを抱くようにもなったと言う。


「せっかく全日本に選んでもらっても、直前に捻挫をしてしまって、『ついてないな』とか『向いていないのかな』とマイナスに考えてしまうことのほうが増えたんです。そうなると自然にバレーボールが楽しいとは思えなくなって、このまま中途半端な気持ちでバレーボールをやるぐらいなら新しいことがしたい、と思うようになりました」


 チームからは現役続行を勧められたが、在籍4シーズンでの引退を決意。バレーボール選手としての人生にはひとつ区切りをつけ、好きなものを食べ、選手の頃は経験することのなかった飲み会にも顔を出す。OL生活を満喫し、毎日を楽しく過ごしていた。


 ただいつしか、現役、OB、OG、アスリートならば胸を弾ませるはずの五輪の母国開催に、喜ぶどころか、複雑な思いを抱いている自分がいた。


「日本選手を素直な気持ちで応援できるかな、って考えた時、自分の中で『(五輪を)見たくもない』って思っちゃったんです。出る方ならいいけれど、見るのはきつい。でもそんなふうに思うということは、まだ私やりたいんだな、やりきっていなかったんだな、って気付いたんです」

ビーチバレー選手になって訪れた変化

最初は軽い気持ちで始めたが、次第にビーチバレーの魅力に引き込まれていった
最初は軽い気持ちで始めたが、次第にビーチバレーの魅力に引き込まれていった【Getty Images】

 運命に引き寄せられるように、二見とビーチバレーの距離が急速に近づいていく。最初は遊びで試合に出てそれで終わり。そのはずだったが、やればやるほど楽しい。インドアとは異なり、風や砂に左右されながらうまくいかないことも楽しくて、気付けばとりこになっていた。


 所属先の東レエンジニアリングが後押ししてくれたこともあり、16年夏頃から本格的にビーチバレー選手として始動し、同じく元インドア選手でV・プレミアリーグのNECレッドロケッツで活躍した長谷川暁子とペアを組み国内外のツアーやカップ戦に出場。17年8月のビーチバレージャパンを制するなど、ビーチバレー選手としての高い可能性を感じさせるスタートを切った。


 たった1年で変わったのは肌や髪の色だけでない。


「体重は4キロ増えました。体力を使うので筋力がないとできないし、そのためには日々の食事はもちろん、サプリメントも必要なものを自分で選んで摂取する。もう全然違いますよね。だってインドアの頃はトレーナーさんから『はい、これ飲んで』と渡されるものを何も考えずに飲んでいただけでしたから。海外へ行く飛行機、ホテルの手配も車の運転も、掛かったお金の精算も全部自分たちでやって、なおかつ2人で戦術も考えないといけない。何もしなくても、勝手にたくましくなりますね(笑)」

葉山の海から、いざ、世界へ――

 東京五輪に出場するために、無条件で権利を与えられるのは五輪ランキング15位以内に入ること。世界ランクを目安とすると、長谷川・二見ペアの現時点でのランクは50位台で、15位以内に入るのはまだ遠くにある目標のようにも感じられるが、全くネガティブには捉えていないと二見は言う。


「強いチームと戦って、たとえ負けても『これぐらいの差があるんだ』と今は分かる。ビーチバレーを始めた頃はどこまでできるか分からなかったし、全部が探り探りだったから、差が分かるだけでもすごく大きな進歩だと思うんです。だから来年は、この大会はここまで勝たなきゃ、とか、ここでポイントを取らなきゃ、ともっともっと明確になる。目標は、東京五輪に出ることではなく、表彰台に自分たちが立つこと。こんなに面白いビーチバレーボールという競技を、たくさんの人に知ってもらって、メジャーな競技にしたいです」


 2対2で戦うビーチバレーは、体力勝負だけでなく、細かな駆け引きが繰り広げられる心理戦でもある。試合後の疲労はインドアの頃と比べられないぐらいに大きいが、疲れた体と心を癒してくれるのが慣れ親しんだ海や山、故郷の風景だ。


「日本のどこにいても、海外にいても、いつだって葉山は私にとって“帰る”場所。癒されて、リラックスできる場所があるから、また頑張ろう、って思えるんですよね」

 葉山の海から、いざ、世界へ――。新しい挑戦はまだ、始まったばかりだ。

田中夕子
神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など、女子アスリートの著書や、前橋育英高校野球部・荒井直樹監督の『当たり前の積み重ねが本物になる』では構成を担当
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