韓国代表が見せた大会に懸ける“本気度” E−1優勝で成功したW杯への土台作り

李仁守

日本と韓国に見られた「熱量の差」

韓国の記者は「韓国代表は“本気度”が違った」と両国の熱量の差を指摘 【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

 それでも韓国が日本に勝利できたのはなぜだったのか。前出のソ・ホジョン記者はこう分析する。

「日本の選手たちがヴァイッド・ハリルホジッチ監督のサッカースタイルを実践し切れていなかったのに対し、韓国の選手たちはシン・テヨン監督の求める戦術に忠実でした」

 もともとシン・テヨン監督は戦術を頻繁に変えることで知られており、今大会も3戦すべて異なるフォーメーションで臨んだが、そんな指揮官の意図が選手たちにしっかりと伝わっていたということだ。実際、日本戦で後半23分に交代出場を果たし、その1分後に左足で直接FKを決めたヨム・ギフンに話を聞くと、こんな言葉が返ってきた。

「シン・テヨン監督は、かなり細かく戦術を指導します。“ここまでするか”と思ってしまうほど(笑)。それぐらい選手と距離を縮めるから、みんな戦術の理解が早い。今日の試合中も“この状況ならこう動けばいいんだな”とすぐに思い浮かんだので、プレーしやすかったです」

 シン・テヨン監督の采配に救われたと話す選手もいた。日本戦で2得点を挙げ、大会得点王にも輝いたキム・シヌクだ。身長196センチの大型FWは、シン・テヨン監督以前の代表チームではポストプレーばかりを求められ、Kリーグで評価されている個人技や得点力を発揮できなかった。しかし、シン・テヨン監督が求めることは違ったという。

「これまでは頭で落とすことだけが僕の仕事でしたが、シン・テヨン監督はスペースを作ることやボールをつなぐことも要求しました。僕に新しい役割を与えてくれたんです。シン・テヨン監督が僕を生き返らせてくれました」

 もっとも、韓国の勝因はシン・テヨン監督の采配だけにあったわけではないだろう。ソ・ホジョン記者もこう話した。

「韓国代表は、“本気度”が違いました。今回のチームの中には、それまで当確線上にあったキム・シヌクなど、ロシアW杯に出場できる可能性がある選手が数人いて、彼らにとってはそれこそ最後のアピールだったんです。対して日本はどうでしょうか。今回のメンバーのうち、ロシアW杯に行ける選手がかなり少ないことは、ハリルホジッチ監督や日本のメディアも示唆(しさ)していますよね。それゆえ日本と韓国の選手とでは、試合に懸ける熱量にも大きな差があったように見えました」

 日本と韓国の熱量の差。それを象徴していたのが、韓国代表の“円陣”だろう。日韓戦のキックオフ直前、韓国代表は自陣ベンチ前で、スタメンと補欠メンバーに監督、スタッフまでチーム全員で肩を組んで円を作り、気合を入れていた。これは前出のチャン・ヒョンスが提案して行われたことだというが、1996年から日本と韓国で行われた日韓戦をすべて取材しているスポーツライターの慎武宏も、記者席からその光景を見ながら「ここまでやるのは初めて見ました。相当この試合に懸けているのでしょう」と話していた。それほど、韓国代表の意気込みは強かった。

W杯まで突き進む「土台」を作ることに成功

E−1優勝を喜ぶシン・テヨン監督と選手たち。ロシアW杯では厳しい戦いが待っている 【写真:つのだよしお/アフロ】

 シン・テヨン監督の戦術を選手が忠実に実践し、強いモチベーションを持って試合に臨んだからこそ、韓国代表はE−1選手権で結果を残すことができたのだろう。まさに“アジアの虎”の捲土(けんど)重来である。

 だからこそ気になるのは、今大会の優勝が韓国代表にもたらすものである。この結果は、韓国代表にどんな影響を与えるのか。ソ・ホジョン記者はこう語った。

「2017年のラストマッチとなった韓日戦で圧倒的な逆転勝利を収めた韓国代表は、国民が抱いていた不信感も同時に逆転させました。大会前に掲げた目標は、120パーセント達成できたと言えるでしょう。シン・テヨン監督は、自身の計画通りにW杯まで突き進むことができる土台を作ることができました。

 仮に韓日戦に敗れていたならば、いまハリルホジッチ監督が浴びている批判は、シン・テヨン監督が受けていたことでしょう。日本戦で開始早々に失点したように、守備の不安をはじめ課題は山積みですが、これからは精神的に余裕を持ってW杯の準備を進められるのではないでしょうか」

 E−1選手権で結果を残したことで、韓国代表はようやくメディアやファンからの雑音に惑わされることなく、ロシアW杯を目指せるようになったのだ。この事実はシン・テヨン監督や選手たちにとって強い追い風になってくれるに違いない。

 ただ、W杯ロシア大会までの時間は決して多くなく、強化に費やすことができる日数も限られている。さらに韓国がロシアで対峙(たいじ)するのは、ドイツ、メキシコ、スウェーデン。“死の組”とされるグループFだ。生き残るどころか、撃沈する可能性も否定できない。そんな現実を認識しているからこそ、選手たちは優勝の喜びに浸ることはなかったのかもしれない。

 日韓戦後のミックスゾーンでイ・ジェソンも語っていた。

「ロシアW杯はもう目の前に迫っています。チームには、まだまだ修正すべき点もある。一日一日、一分一秒が貴重です。僕はあらゆる機会を無駄にしたくない。ロシアW杯に向けて、今後もしっかりと準備を進めていきます」

 自分たちに言い聞かせるように語ったこの言葉に、新たなる決意がにじんでいた。

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著者プロフィール

1989年12月18日生まれの在日コリアン3世。大学卒業後、出版社勤務を経て、ピッチコミュニケーションズに所属。サッカー、ゴルフ、フィギュアスケートなど韓国のスポーツを幅広くフォローし、『サッカーダイジェストweb』『アジアサッカーキング』『アジアフットボール批評』『女子プロゴルファー 美しさと強さの秘密(TJMOOK)』などに寄稿。ニュースコラムサイト『S−KOREA』の編集にも携わる

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