一番カッコいい、一番無様な引退試合 天龍源一郎&東京03豊本明長 特別対談

しべ超二

世の中への反発がエネルギーに

天龍さんのグーパンチなどの技は「世の中への反発を自分のエネルギーに変えてリングで出していた」 【写真:SHUHEI YOKOTA】

――豊本さんはスポーツナビで連載しているコラムの中で引退について書かれた回がありましたが、天龍さんの引退をどのように見ましたか?

豊本 天龍源一郎というレスラーはずっと何かと戦ってきたイメージです。相撲から来てその誇りを持ってプロレスに立ち向かっていって、もちろん試合では相手と戦って、鶴田さんとも馬場さんとも戦う、全日本時代には新日本と間接的に戦って、インディーとか新しいものとも戦って、それで最終的な相手が“時代”だったっていうか。それで最後は本当にゼロになったという感じで僕は受け止めました。だからレスラーにありがちな復帰もしないだろうし、もう全部やったんだなっていうことで僕は諦めがつきました。受け入れることができたというか。

天龍 俺は相撲で戦ってきたから、相撲って“格”じゃないんですよね。新入幕で上がってきて景気のいい奴が急に横綱と当てられたり初対戦とかがあるから、それと同じような感じです。やっていてマンネリズムも嫌だから、チケットを買ってくれたファンに、初対決とかを見せたいっていう意味でいろいろな人と戦って、それが見ている人に“いろいろなものにチャレンジして面白い天龍源一郎”で終われたっていうのは幸せだと思います。これが相撲じゃなく“格”のある舞台役者とかだったら、下っ端のやつが上に上がるとか、急に取り立てられて五分でやるなんてことはなかったと思うんです。でも俺は相撲で来たから、若い奴とこなしてそれを押さえつけなきゃ生き延びれないっていうのが体にしみついていて、それはもうサガだと思います。だから若い奴だろうがインディーだろうがやる時は同じ土俵・同じ目線でぶっ潰してやろうと思ってやったのが、応援してくれた人たちは共感してくれたんだと思います。

豊本 天龍さんって柔軟ですよね。映画の中でも四股を踏まれている場面がありましたけど、そういう人って「相撲の方が上だ」「俺は相撲をやってきたから強いんだ」っていう感じでプロレスを続けると思うんです。どこか相撲が上でプロレスが下っていう。でも天龍さんはそれが対等というか、プロレスにも相撲にも誇りを持っていて、そこがバランスの良さであり、柔軟性にもつながるのかなって。だからどんなものにも対等で全力でぶつかって、そうことなのかなって、改めて感じました。

天龍 気持ちの中では“(対戦相手が)こんなアンちゃん”っていうのはあったけど、そこは相撲と同じで、同じリングに上がったら真正面からぶつかっていきました。それで木っ端微塵(みじん)にした時に「キャリアだよ、お前ら」っていう優越感みたいのはありましたよ。それは相撲・プロレスと自分の中で葛藤がありながらやってきた、しぶとさでありタフさだと思います。

豊本 若い頃の天龍さんって、なんかずっと不貞腐れていた印象があります(笑)。

天龍 不貞腐れてましたよ。世の中への反発を自分のエネルギーに変えてリングで出していたっていうのが正直なところです。だから満足しちゃうとやっぱりおっとりした技しか出ないけど、ハングリーさがリングの中に出るから、世の中でうっ憤を晴らしたい人が見に来て合致するものがあったんだと思います。だから普通の綺麗な技じゃなくてグーパンチとかサッカーボールキックとか喉元チョップをやって、それで見に来た人がストレスを発散していた部分がありましたよ。

豊本 だから常にこんちくしょう、こんちくしょうって言っているんですね。

天龍 何に腹が立っているのか分からないけど、常に不満がある感じでリングに上がっていました。だからいつもはイライラしながら会場に向かっていたのが、今はもう全然そんなことがなくて、今日は運転してもらう道のまんまの自分なのが不思議でした。

「今だったらオカダに負けない」(笑)

「体の痛くない自分が不思議」と話す天龍さん。今戦えば、オカダ選手にも負けない!? 【スポーツナビ】

――引退した今は何を日々の原動力にしているのですか?

天龍 今は頑張ってきたからこういうおっとりした時間をもらえているんだなと思って、何も苦痛じゃないですね。だから「1日中やることがなくて退屈でしょう?」ってよく言われるんですけど、みなさんが朝早く起きて、勤めに行ってとかバタバタしているのに、俺は何もしなくて家の中でボーっと座っていて優雅だなと思います。

豊本 今はゆっくりした時間の中で、プロレスを見たりするんですか?

天龍 プロレスはもう見ないですね。だから衛星放送で映画を観たり、適当にしています。あとは時間があったら思い出したようにプッシュアップをやってみたり、ワンダーコアをやってみたり(笑)。 それで練習した気になって1人で満足しています(笑)。ジムにも全然行ってないし、ただブラブラとノルディックスティックで歩いたり、そんな感じで気楽なもんです。

豊本 なるほど、ヒマな時間も全力で味わうというか。

天龍 まぁ、ヒマの中でのやれることをやってます。今は体の痛くない自分が不思議なところもあります。悪いところがなくて普通に元気な俺がいるので、今だったらオカダに負けないなとか(笑)。あの時は最悪の体調だったから、そんな風にホラを吹いてる俺がいます(笑)。

豊本 たしかにあの時は、引退だからということでだいぶ過密なスケジュールで試合をこなしていったんですよね。

天龍 でも、あれを乗り切ったことで自分の中で“やり切った”っていう気持ちもあったと思います。ああやってこなしていったことが俺の未練を断ち切ってくれました。ほとんど初対決の相手ばかりだったから、リングに上がる時はフレッシュな気持ちで、終わった時は“やり切った”っていう満足感を毎日繰り返して、それで終わった時本当に“終わった”っていう気持ちになれたんだと思います。

――それではお話は尽きませんが、お2人それぞれに映画のオススメコメントを頂いて締めにしたいと思います。

豊本 もう本当に、男だったら観るべき映画だと思います。

天龍 美辞麗句で話をしちゃって臭いね(笑)。

豊本 本人を前にして言うのもアレですけど、プロレスラーってそれなりにカッコよく引退していくのに、天龍さんはいろいろな引退試合の中でも一番無様でした。でもあんなにボロボロにされて、それでもこの歳で立ち上がっていってそれで燃え尽きたっていう、その生き様がすごくカッコいいし、結局そういうのが一番カッコいいと思います。だから、たぶんプロレスが分からない男の子が観ても“なんかこのおじさんカッコいいな”って思える映画だと思うので、男の子には観てほしいです。

天龍 漠然とした言い方なんですけど、観て頂ければ何かは感じてもらえると思います。豊本さんが話してくれたように、天龍もボロボロになりながらやっていた、もがいて生き抜いたんだから、自分も何かやっていけば明日がある、そうやって自分の人生と合致させて勇気を持って頂ければいいなと思います。

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著者プロフィール

映画ライター。ペンネームは『シベリア超特急2』に由来し、生前マイク水野監督に「どんどんやってください」と認可されたため一応公認。松濤館空手8級。

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