連載:初めてのセイバーメトリクス講座

勝負強さって何? 走塁力No.1は誰? 初めてのセイバーメトリクス講座(4)

カネシゲタカシ

チャンスに強いバッティングでDeNAのCS進出に貢献した倉本 【写真は共同】

『初めてのセイバーメトリクス講座』の第4回。今回は「チャンスに強いってなに?」「走塁指標あれこれの」2本立てでお送りします。講師はセイバー研究で知られる統計学者の鳥越規央先生。生徒はわたくし、漫画家のカネシゲタカシでお送りします。

そもそも得点圏打率とは?

鳥越:それでは早速、質問です。一般的に「チャンスに強いバッターを見つけるための指標」といえばなんでしょうか?

カネシゲ:それは得点圏打率です。

鳥越:やっぱりそうですよね。ちなみに得点圏打率というのはランナーが二塁か三塁か、もしくはその両方にいるときの打率です。今年のランキングを見てみましょう。

9月21日時点の成績 【資料提供:鳥越規央】

カネシゲ:セ・リーグではマギー(巨人)がトップですね。筒香嘉智(横浜DeNA)よりも上に倉本寿彦(DeNA)が入ってるのは意外です。

鳥越:そしてパ・リーグは柳田悠岐(福岡ソフトバンク)がトップです。

カネシゲ:先生が出す打撃ランキング表の右上はいつだって「柳田」だ。作るのラクでいいですね(笑)。そして今季大活躍の源田壮亮(埼玉西武)が3位!

鳥越:すごいルーキーですよね。と、ここで「得点圏打率」と「打率」の関係を相関図にまとめてみました。ちょっと見てください。

9月21日時点の成績を元に作成 【資料提供:鳥越規央】

鳥越:横軸が「打率」で、縦軸が「得点圏打率」です。9月21日時点の規定打席到達者の成績をすべてプロットしてあります。斜めの線は、ふたつが同率のラインですね。

カネシゲ:なるほど。このライン上にいる選手は打率と得点圏打率が同じってことですね。

鳥越:はい。斜めのラインより上の選手は得点圏打率のほうが高く、いわゆる“チャンスに強い”というイメージになるかと。逆にラインより下の人は “チャンスに弱い”となります。そして、「打率に対して得点圏打率の比が多い人がチャンスに強い」と言えるわけです。

カネシゲ:うーん、つまり「得点圏打率÷打率」が「1」を越えていれば「チャンスに強いバッター」と言えるってことですね?

鳥越:その通りです。さっきの相関図でいえば斜めのラインから上に大きく離れている選手ほど「1」より大きい数字になり、すなわち「チャンスに強い」と言えるわけです。ということで、得点圏打率を打率で割ってみると……。

9月21日のデータを元に集計 【資料提供:鳥越規央】

カネシゲ:なんと、倉本寿彦(DeNA)が一番高いんですね! ベイスターズファンとしてうれしいです。

鳥越:通常の打率より1.3倍も高いですからね。明らかに得点圏の場面で勝負強いと言えるでしょう。そして源田はここでもパの2位に入ってきています。打率は2割6分6厘ですが得点圏だと3割4分2厘に跳ね上がるので、比は高くなりますね。

勝利への貢献度を示す「WPA」

WPAについて解説する鳥越先生 【スポーツナビ】

鳥越:ただ、得点圏打率の良し悪しって、シーズンによってバラバラな選手が多いんです。極端な例だと2014年のペーニャ(当時オリックス)が打率2割5分5厘で得点圏打率2割9分7厘だったんですが、東北楽天へ移籍後の15年は打率2割6分8厘で得点圏打率1割8分9厘。これだけ年によってブレが多いんですね。

カネシゲ:「打撃は水もの」ってよく言われるけど、得点圏打率も同じですね。

鳥越:完全に水ものです。さらに打者が得点圏で打席に入るのは4〜5打席に1回くらいしかないんです。そんな少ない機会のなかで「今年は良かった」「悪かった」と言っても、その選手の本当の勝負強さというのは測りづらいですよね。

カネシゲ:じゃあ得点圏打率ではダメですね。う〜ん、困った。なんとかしてよ、トリゴえも〜ん!

鳥越:しょうがないなぁ、タカシくんは。♪テッテレ〜「WPA(ダブリュ・ピー・エー)」

カネシゲ:わあ、セイバーだぁ!

鳥越:(気を取り直して)えっと、WPAは「Win Probability Added」の略で、その選手がどれだけ勝利確率(WE:Win Expectancy)を増減させたかによって貢献度を評価する指標です。

カネシゲ:勝利確率?

鳥越:勝利期待値とも言います。2017年7月26日のヤクルトvs中日戦を覚えてますか?

カネシゲ:ヤクルトが10点差を大逆転した伝説の試合ですよね。知り合いのヤクルトファンは「あの試合で寿命が3年伸びた」と言ってました。

鳥越:このグラフは、その試合の勝利確率の推移を表したものです。上に行けば行くほどヤクルトが勝利に近づいて、下に行けば行くほど中日が勝利に近づくと思ってください。

【資料提供:鳥越規央】

カネシゲ:試合開始の時点では0.5なんですね。

鳥越:勝つか負けるか半々ですからね。で、2回表に中日が3点を先制、50%だった勝利確率が80%まで上がります。さらに3回の表に2点追加し、一気に中日に流れが行って、さらにどんどん加点されていって中日が有利になっていき、気付けば6回終わって10点差。この時点で99.97%中日が勝てる試合展開でした。

カネシゲ:グラフでもそうなってますね。この時点で球場を後にしたヤクルトファンもいたでしょう。

鳥越:しかし7回から風向きが変わります。7回に2点を取って反撃開始。そして8回には8点を取って、とうとう同点に追いつきます。

カネシゲ:ビッグイニング! 勝利確率も急上昇ですね。

鳥越:一時は1%にも満たなかった勝利確率が、8回のビッグイニングで逆に60%くらいの勝利確率に上がり、一気にヤクルト有利の展開になりました。

カネシゲ:50%を越えて、60%まで行っちゃうんですね。

鳥越:そして最後、10回裏に代打・大松尚逸がサヨナラホームランを放ち、11対10と10点差をはねのける大逆転勝利を勝ち取ったのです。

カネシゲ:なるほど〜。1試合の勝利確率をグラフにするとこうなるんですね。面白い。俗に言う「試合の流れ」ってやつが丸見えですね。

鳥越:そういうことです。この試合、8回裏に山田哲人が2ランホームランを打って同点に追いつきました。この一打がチームの勝利確率を38.95%引き上げました。

カネシゲ:このグラフでいうと■印から出ている赤色のラインですね。ぐーんと伸びてる。

鳥越:「山田のホームランはこの伸び率の分だけチームの勝利に貢献した」という言い方ができます。

カネシゲ:「プラス38.95%の貢献度」ってことですね。

鳥越:そうです。そしてサヨナラホームランの大松はこの1打席で勝利確率を42.83%上昇させ勝利に導いた。

カネシゲ:一気に100%に持っていったんですもんね。貢献度は山田哲人を抜いてナンバーワンだ。

鳥越:と、このようにWPAはその選手のプレーで発生した勝利確率のプラスマイナスを、年間通じてずっと記録していくんです。山田の例であれば「0.3895ポイントのプラス」、大松は「0.4283ポイントのプラス」になります。

カネシゲ:逆に凡退したらマイナス、併殺打だとすご〜くマイナス、みたいなことですか?

鳥越:その通りです。併殺打は大きくマイナスになります。というようなことをシーズン中ずっと合算して記録するわけですよ。ではそんなWPAの今年のランキングを見てみましょう。ちなみに平均的な選手のWPAは「±0」です。

9月14日時点 【データ提供:データスタジアム】

カネシゲ:おお、セ・リーグは筒香嘉智(DeNA)がトップだ。でも広島勢がその下にずらっと!

鳥越:まあ、チームが強いとそうなりますよね(笑)

カネシゲ:これ、オセロみたいに筒香と宮崎で挟んで、全部DeNAにできたらいいのに(笑)。そしてパ・リーグでは柳田が4.32! 相変わらず別格ですね。

鳥越:ちなみにここで使っている「勝利確率」は、イニング、点差、ランナーの有無、アウトカウントなど、野球のあらゆるシチュエーションに応じて統計をもとに算出するのですが……このアルゴリズムを構築し、プログラムを組むのは本当に大変な作業で、数カ月単位の仕事でした(笑)。

カネシゲ:ていうか、先生の仕事なんですね! (その元となったエクセルのファイルを見せてもらいつつ)これは……変態的な仕事ですね。

より公平な指標としての「Clutch」

鳥越:ただWPAを用いて各選手を比較するには課題もありまして……。

カネシゲ:え!? 得点圏打率よりもずいぶん完璧に見えますが。

鳥越:WPAが上がりやすいシチュエーションってあるんですよ。いわゆる“おいしい場面”ってやつですね。そういった場面で打席に立つ機会が多い人は、WPAがポーンと上がりやすいんです。

カネシゲ:打線でいえばクリーンアップとか?

鳥越:そういうことです。中軸を打つ選手は上がりやすい。また広島の選手のWPAが総じて高いのも、結局は前にランナーがいるからって話です。

カネシゲ:なるほど。打力のあるチームに所属しているってだけで、いい数値が出やすくなるってことですね。

鳥越:その通りです。そこでWPAをもとにしたもので「Clutch(クラッチ)」という別の指標もあります。

Clutch=(WPA/pLI)−WPA/LI
※pLI : LI (Leverage Index) の平均

鳥越:チャンスに強いバッターのことを「クラッチバッター」と言いますが、そのクラッチです。で、「LI」というのは「レベレージインデックス」の略です。

カネシゲ:レベレージインデックス?

鳥越:例えば「8回表、2対3で負けている2死二、三塁の場面はどれだけ重要か?」といった、場面の重要度を数値で表す指標なんです。

カネシゲ:場面場面での重要度が全部数値化されてるんですか? さっきの「勝利確率」と一緒で、それもすごいですね。

鳥越:「WPA/LI」という指標は「重要な場面に立つ人のWPAは高いんだけども、それは重要度が高い場面に立ちやすいから。だからそういう場面の高さは割り引こう」というものです。

カネシゲ:割ることで、公平になるという考え方ですね。

鳥越:はい。WPAとその差を求めることで、場面の重要度によって積み上げられてきたWPAが残り、それを勝負強さの指標として解釈しようというのが「Clutch」なのです。例えば、1番2番の打順はチャンスに打席に立つ機会そのものが少ないじゃないですか。そういったバラつきをナシにして、チャンスに強い選手を探そうじゃないかということですね。では今年のランキングを。

9月14日時点 【データ提供:データスタジアム】

選手だけはちゃんと描こうと思いました 【イラスト:カネシゲタカシ】

カネシゲ:しかも桑原将志(DeNA)が2位にいる! 僕が今いちばん応援している選手です。ベイスターズの9番&1番コンビはこんなにチャンスに強かったんですね。

鳥越:桑原も1番なのでWPAがあがる場面にはあまりいないけども、Clutchだとこんなに高い数値が出ます。

カネシゲ:そういえば桑原はよくお立ち台に立ってる印象です。変な声で「アイラビュ〜ヨコハマ〜!」って叫んで、よくややウケしてます。

鳥越:「よくお立ち台に立つ」ということはそういうことですね。でもこの順位すごくないですか? 倉本とか桑原とか京田とか源田とか、若いバッターが上にいると。

カネシゲ:確かに言われてみれば、すごい新鮮です。そして柳田がいなくなった(笑)。とにかく、このClutchってやつが、できる限り公平に見た「チャンスの強さ」ってことですね。

鳥越:そう提唱されているものですね。

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著者プロフィール

1975年生まれの漫画家・コラムニスト。大阪府出身。『週刊少年ジャンプ』(集英社)にてデビュー。現在は『週刊アサヒ芸能』(徳間書店)等に連載を持つほか、テレビ・ラジオ・トークイベントに出演するなど活動範囲を拡大中。元よしもと芸人。著書・共著は『みんなの あるあるプロ野球』(講談社)、『野球大喜利 ザ・グレート』(徳間書店)、『ベイスたん』(KADOKAWA)など。

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