田中将大の力投で逆転劇の歯車が動く 「それを自分で言ったらダサいでしょ」

杉浦大介

日替わりヒーローの登場でチームに勢い

地区シリーズ2連敗と後がない第3戦に先発し、7回3安打無失点の好投で流れを引き寄せた田中 【Photo by Jim McIsaac/Getty Images】

 ただ……それでも今回のシリーズは“インディアンスが負けた戦い”ではなく、“ヤンキースが勝ち取った逆転劇”として記憶されるべきに思える。

 ツインズを下した10月3日のワイルドカードゲームまでさかのぼり、エリミネーションゲームに4連勝。地区シリーズ第3戦では田中と決勝弾のグレグ・バード、第4戦ではセベリーノと2点二塁打を放ったアーロン・ジャッジ、第5戦ではグレゴリアスとガードナーと、シリーズを通じて日替わりヒーローが生まれた。何より、速球派がそろったブルペンは第2戦を除いて常に頼れる存在であり続けた。

「(第2戦後の)ミーティングで、(ジラルディ監督は)ミスを認めた。そして僕たちは先に進んだ。過去に何が起ころうと、僕たちは互いに支え合うんだ」

 グレゴリアスが述べた通り、第2戦での“ジラルディ監督のミス”は結局は致命的な失敗にならなかった。この第2戦では一時は8対3とリードしながら、指揮官が微妙な死球の裁定にビデオ判定を要求しなかったことがきっかけとなり、ヤンキースは悪夢の逆転負け。メディア、ファンはジラルディに集中砲火を浴びせたが、選手たちの集中力は途切れなかった。グレゴリアスが示唆した通り、監督のエモーショナルな姿がむしろ一致団結するモチベーションになったのだとしたら、今年のヤンキースの粘り強さは驚異的としか言いようがない。

分岐点となった第3戦の4回

 シリーズの流れを変えた分岐点として、第3戦の田中の完璧なパフォーマンスも忘れるべきではない。2連敗後の瀬戸際の一戦で、田中はチームOPSで今季メジャー2位だったインディアンス打線を見事に零封。ブルペン勝負が全盛の現代のMLBプレーオフにおいて、7回という長尺を無失点に抑えた田中のピッチングの素晴らしさは言葉で表現し難い。

「(自分が流れを変えたかどうかは)わからないです。周りの人が判断してください。自分からそれを言ったとしたらダサいでしょ。僕の投球で流れを変えましたよ、なんて言ったら……」

 シリーズ終了後、田中は冗談めかして言葉を濁した。しかし、絶望感の中で1対0の大接戦を制した第3戦がターニングポイントだったことは明白。具体的には4回表、1死三塁のピンチで田中がラミレス、ジェイ・ブルースという3、4番打者を連続三振に切って取ったその時、運命の歯車は音を立てて動き出した。ヤンキースの選手たちとファンが、希望を抱き始めた瞬間だった。

 田中の快刀乱麻に端を発して生まれたヤンキースの勢いが、今後どこまで続くかはわからない。ア・リーグ優勝決定シリーズで対戦するアストロズも、インディアンスに勝るとも劣らない難敵。特に18本塁打以上の選手が実に7人という打線の破壊力は群を抜いており、地区シリーズでは総力戦を続けたヤンキースは、ここで再びの苦戦は必至だろう。

 ただ……今後に何があろうと、絶対不利と目されたインディアンスとのシリーズ第3戦以降にヤンキースが見せた闘志、粘り、団結力は語り継がれていくはずである。

 2連敗後の3連勝、第1シードチームを撃破、敵地での最終戦を勝利、サイ・ヤング賞候補を完全攻略……さまざまな意味でほとんど奇跡的だった。メジャー屈指の名門チームが、総力を挙げて成し遂げた鮮やかなジャイアント・キリング。その逆転のシナリオは、振り返られ、検証され、難易度が改めて特筆され、いつしか時を超えていくに違いない。

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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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