ハリルに課された2つのミッション NZ戦で見いだせなかった「新しい何か」

宇都宮徹壱

「勝つこと」以上の高次元のフェーズに入った日本

W杯ロシア大会まで、ハリルホジッチ監督に課せられたミッションは2つだろう 【Getty Images】

 まずはニュージーランド戦前日の、あるエピソードからご紹介することにしたい。

 ミックスゾーンにて、お目当ての選手が出てくるの待っていると、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督がスタッフと一緒に姿を現す。取材陣から「お疲れさまです!」と声がかかる中、ふいに指揮官は自分の首を切るポーズを見せて、一瞬その場が凍りついた。種明かしをすると、ハリルホジッチ監督はその日、薄手のマフラーを首に巻いていた。すると最前列にいた記者が「素敵なマフラーですね」という意味で手の甲を首に当てたのを見て、「なんだ、俺はクビか?」と切り替えしたのである。事情が分かると、その場は笑いに包まれた。

 頑固で取っ付きにくいイメージがあるわれらが指揮官だが、時折こういう茶目っ気を見せることがある(ただし表情はあまり変えない)。もっとも、「ワールドカップ(W杯)出場を決めても、今のポジションが安泰だとは思っていないぞ」という意思表示だったようにも感じられる。周知のとおり、8月31日のオーストラリア戦で予選突破が決まるまで、一部メディアからは指揮官の手腕を疑問視するのみならず、「解任して別の監督を呼ぶべき」という論調さえあった。グループ1位をキープし、あと1勝すれば本大会出場が決まる状況を考えれば、いささか過剰に思えるネガティブな報道だったと言わざるを得ない。

 結果として日本は、ホームでオーストラリアを破って6大会連続6回目のW杯出場を決めたわけだが、ハリルホジッチ体制が安泰というわけでは決してない。それはサウジアラビアとのアウェー戦で0−1で敗れてしまってからの、一部世論の反発を見れば明らかであろう(もちろん、褒められた内容ではなかったのは事実だが)。思えば、2010年南アフリカ大会でベスト16進出を果たした岡田武史監督(当時)も、本大会出場を決めて以降は勝てない試合が続き、メディアやファンから壮絶なプレッシャーを受けることとなった。現日本代表監督も、本大会までに同様のリスクがないとは限らない。

 ハリルホジッチ監督のミッションは2つあると個人的に考えている。ひとつは言うまでもなく、本大会に向けたさらなるチーム力のアップ。そしてもうひとつは、本大会までに行われる親善試合で、可能な限り「新しい何か」を提示することである。新しいシステムや選手を試してみた、あるいは新しい課題やソリューションが見つかった、などなど。試行錯誤をしながらも、どれだけ納得できるものをファンやメディアに提示できるか。それはある意味、単に勝利すること以上の高次元のフェーズに入ったことを意味する。

プレーオフを前に「本気モード」のニュージーランド

武藤がスタメン起用されたものの、特に代わり映えのしないスターティングイレブンとなった 【Getty Images】

 日本代表が最終メンバー発表前に力試しができるのは、10月、11月、そして来年3月の合計6試合(12月のEAFF E−1サッカー選手権を除く)。限られた試合数ゆえに、対戦相手のチョイスも慎重にならざるを得ない。その意味で、今回対戦するニュージーランドは、まだ予選が続いているこのタイミングでは、それなりに理想的な相手であると言えよう。すでにオセアニア予選で1位となった彼らは、来月に本大会出場を懸けて、南米5位のチームと大陸間プレーオフを戦うことになっているからだ(ちなみに予選1試合を残した時点で南米5位はペルー。前回大会準優勝のアルゼンチンは6位に甘んじている)。

 今回の招集メンバーの中に、ウェストハム所属のウィンストン・リードが含まれていることについて、ゲームキャプテンの吉田麻也は「普段はプレミアリーグを優先して(親善試合には)来ていないですけれど、W杯が懸かったこのタイミングで呼ばれているということは、試合に出てくると思う」と指摘。またニュージーランドのアンソニー・ハドソン監督も、「われわれにとって明日のゲームが一番大事。ここで何かを得てから、11月の試合について考えたい」と語っている。彼らが、この試合に全力で挑むことは間違いないだろう。

 対する日本は今回、長谷部誠、本田圭佑、そして岡崎慎司の招集をあえて見送ったが、招集メンバーに特段のサプライズはなし(車屋紳太郎は初招集だったが、過去にも予備登録メンバーになっている)。ハリルホジッチ監督は、この2試合で6人の交代枠を可能な限り使い切ることを明言しつつ、「他にもチャンスを待っている選手がいる」とくぎを刺すことも忘れない。これまで何度も招集されながら、スタメンに定着していない選手を見極めようとしていることは明らかだ。この日、雨の豊田スタジアムのピッチに散っていったスターティングイレブンは、以下のとおり。

 GK川島永嗣。DFは右から酒井宏樹、吉田、槙野智章、長友佑都。中盤は守備的な位置に山口蛍と井手口陽介、右に久保裕也、左に武藤嘉紀、トップ下に香川真司、そしてワントップに大迫勇也。久々にシステムを4−2−3−1に戻し、槙野と吉田、そして山口と井手口がコンビを組んだところに新鮮味が感じられるが、それ以外は代わり映えがしない印象である(武藤の起用も、故障がなければ原口元気がファーストチョイスだったのだろう)。とはいえ、交代のカードは6枚あるのだ。ここからどのように、メンバーやシステムを組み替えていくのか。そこに、この試合での「新しい何か」を見いだしたいところだ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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