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今も世界の格闘技と触れ合うノゲイラ氏
「日本も新しいスターが生まれる過渡期」
UFC日本大会に合わせ来日したアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ氏にインタビュー
UFC日本大会に合わせ来日したアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ氏にインタビュー【スポーツナビ】

 9月23日の「UFCファイトナイト・ジャパン」は、2年ぶりの日本開催とあり、多くのファンや関係者が総合格闘技の聖地・さいたまスーパーアリーナに集結した。


 その1人が、2000年代初頭の格闘技黄金時代の一角を担ったアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ氏だ。現在はUFCブラジルのアスリート・リレーション・アンバサダー(選手発掘大使)として活動している。また「UFCファイトパス」で視聴できるドキュメンタリー番組(The 3rd Degree:ザ・サード・ディグリー)の収録で世界中の格闘技とも触れ合っている。


 2015年9月に現役を引退してからも、UFCに関わりながら、日本にも訪れるなど、活発な活動をしている。今回来日を果たしたノゲイラ氏に話を聞いた。

世界の格闘技に触れるドキュメンタリーに出演

現在は世界の格闘技を巡るドキュメンタリーの撮影をしており、各国でさまざまな格闘技に触れている
現在は世界の格闘技を巡るドキュメンタリーの撮影をしており、各国でさまざまな格闘技に触れている【スポーツナビ】

――日本に来たのはもう何度目になりますか?


 PRIDE時代だけでも36回来ています。あの時は試合だけでなくテレビの収録でも来たりしていたので、すごく回数が多かったです。ですので今はおそらく45回以上来ているんじゃないかと思います。


――こんなにたくさん行った国というのはありますか?


 たぶん米国と日本ぐらいだと思います。日本でも行きつけの場所があって来日してすぐ馴染みの寿司屋に行きましたし、今日は初めて屋形船に乗ります。


――日本滞在を楽しんでいるようで何よりです。去年も来日していたと聞きましたが、この時は何をしていたのですか?


 世界の格闘技を巡るドキュメンタリーの撮影をしていて、それで日本にも来ました。まずロシアでサンボ、次はタイでムエタイ、各国を回って新しい選手、才能を発掘して、その選手たちを戦わせるという番組でした。


 韓国ではテコンドーで、2人の五輪王者が来て一緒に選手を発掘してくれたり、沖縄へ行って、代々空手を受け継ぐ家族の人たちに会って話を聞いたりもしました。その後は東京へ来て柔道の大学選手権を観に行って、その経緯で東海大学の柔道部で10日間ぐらい過ごして練習を見せてもらいました。いろいろな格闘技を見て練習もさせてもらいましたが、やっぱり柔道はいいですね。

柔道から学んだ日本文化

――引退してもう2年になりますが、新しい生活も充実して過ごしているようですね。


 私は今UFCブラジルのアスリート・リレーション・アンバサダー(選手発掘大使)として仕事をしていて、UFCと契約している83人のブラジル選手のコンディションを把握して、それをUFCやマッチメイカーに伝えたり、若い選手の育成で毎日忙しくしています。以前は戦うことがすべてで、毎日複数回のトレーニングをしていましたが、今は戦っていたのがすごく昔のように感じます。


――日本には99年、リングスで初来日してもう20年近くがたちますが、当時のことではどんなことを覚えていますか?


 小さい時に柔道をやっていたのですごく日本に興味があって、その日本へ「実際に来たらどうなんだろう?」と思って来る前から興味津々でした。日本には目上の人を重んじる文化があると聞いていましたが、それを日本へ来て実際に体験して、素晴らしい文化だと感じました。私自身も礼儀正しさやしきたりといった日本の文化を柔道から学んでいて、それは自分の成長にもすごく役立ったと思います。


――日本にそういった良い印象を持ってもらえてうれしいです。


 自分のキャリアでもベストの時期が日本で戦っていた時なので、そういう意味ではやはり特別な場所です。日本のファンはただ興奮して見るのではなく、技や試合に集中して見てくれるのがほかの国とは違うと思います。格闘技に対する理解がすごく高いのを感じていて、先日も寿司を食べに行った先で年配の女性に「三角絞め」の話をされたりして驚きました。

長谷川亮
病弱だった幼少期にプロレスファンとなり、格闘技ファンを経て2002年に格闘技雑誌編集部入りし、2005年からフリーライターに。スポーツナビにはその頃から執筆。病床で何度も読み返したため「プロレススーパースター列伝」は大体暗記。趣味は下手の横好きでキックボクシングとブラジリアン柔術。

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