桐生祥秀が現実化した9秒台突入の意味 ライバルたちとの間に起こる化学反応

高野祐太

次に続く9秒台スプリンター誕生の予感も

桐生が9秒台をマークしたことにより、ライバルたちとの化学反応が期待できそうだ 【写真は共同】

 出そうで出なかった記録を、現実に出した。「まだ」が「すでに」に変わったということこそが歴史の転換点を意味する。だから、自分の手によって9秒台突入を現実化させたということは決定的な意味を持つ。

 2位に負けた多田は、自己新の10秒07だったというのに、悔しさに満ちた表情でレース直後のトラックに立ち尽くしていた。桐生とともに先駆的に9秒台を目指している山縣亮太(セイコーホールディングス)は、すぐさま「プレッシャーのかかる中で記録を出せた桐生選手はすごいと思います。先に越されたことは悔しいですが、今回の日本記録をさらに上回ることができるように、また次の試合に向けて練習に励みたいと思います」というコメントを表明した。

 こうした、9秒台が「すでに」出たことによってライバルたちに起こる化学反応こそが、次に続く9秒台スプリンターの誕生を予感させる。

「やっとスタート地点に立てた」

土江寛裕コーチ(左)が指摘したのは、桐生の精神的な成長だ。長く苦しい4年間を乗り越えたことで、より強さが増した 【写真は共同】

「超サイヤ人じゃないですけどね(笑)」

 万全のコンディションでなかったにもかかわらず、これ以上足の速い日本人はいないという記録に到達してしまった桐生。その意外性を生んだ「リミッターを外せる強さ」について、高平はこう表現した。「超サイヤ人」とは桐生が好きな漫画『ドラゴンボール』に登場するキャラクターのこと。高平は、桐生の能力を戦闘民族のサイヤ人が戦闘能力を大幅に上昇するように変身した状態の能力に見立てたというわけだ。

 では、桐生にリミッターを外すボタンを押させた要因は何か。高平は「何かタガが外れる、ゾーンに入れるような要素の思いが持てる試合だったのでしょう」と分析した。

「その要素とは、日本選手権で負けて世界選手権の100メートル代表から漏れる悔しい思いをして、サニブラウン(・アブデル ハキーム/東京陸協)が世界選手権の200メートルでファイナリストになる。そういう形で夏は不完全燃焼で終わってしまった。それと、ハム(ハムストリング)の違和感があるなら出場しなくてもいいという判断ができたのに出たということは、最後のインカレという思いや自分が走る姿でいろんな影響があるということをちゃんと考えて、こうやって結果を残せるというところに結びつけられた。最後にパズルのピースがそろったのかなと思います」

 土江コーチと後藤トレーナーが指摘したのも、長く苦しい4年間を潜り抜けた精神的な成長であり、東洋大の最後のユニホームで走るという固い意思だった。

 そして、桐生はすでに〈壁〉の向こう側を見据えている。

「僕の目標は世界のファイナリストになること。9秒台はやっとスタート地点に立てただけだと思う」

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著者プロフィール

高野祐太

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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