ヴァイッドと一緒にロシアに行きたい! 単なる「予選突破」でない日豪戦の価値

宇都宮徹壱

「サウジ戦引き分け以上で突破が決まる」という甘いわな

「甘いわな」に惑わされることなく、オーストラリアに勝利した日本。6大会連続となるW杯への切符をつかみ取った 【写真:高須力】

「吉報」は、はるか西方よりもたらされた。

 8月29日(現地時間)、日本対オーストラリアの試合に先んじて、ワールドカップ(W杯)アジア最終予選、アラブ首長国連邦(UAE)対サウジアラビアが行われた。現在グループ2位のサウジは、勝てば日本を抜いて暫定首位となったのだが、プレーオフ出場の可能性をわずかに残すUAEに1−2の逆転負けを喫し、勝ち点を伸ばすことができなかった。この結果、ホームでオーストラリアに敗れたとしても、アウェーのサウジ戦で勝ち点1以上を積み重ねることができれば、日本は6大会連続6回目のW杯出場が決まる。

 確かに「勝たなければならない」状態から「負けても大丈夫」という状態になったことで、日本の心理的ストレスは多少軽減された。とはいえ、それが100パーセント好ましい状態と言い切れないのがサッカーの難しさ。ここで思い出されるのが、1994年のW杯米国大会出場を目指していたフランス代表である。当時のフランスは、ジャン=ピエール・パパンとエリック・カントナという世界屈指の2トップが君臨。86年メキシコ大会以来となるW杯出場に、不安要素はまったく見当たらなかった。

 実際、フランスは初戦こそ落としたものの、その後は勝利を積み重ね、2試合を残した時点で6勝1分け1敗の勝ち点13(当時は勝利=勝ち点2)のグループ首位。残りの2試合、イスラエルとブルガリアのどちらかに勝利すればよい状況だった(いずれもホーム)。ところが結果は、まさかの連敗。しかも93年11月17日のブルガリアとの最終戦は、引き分けでも予選突破というアドバンテージがありながら、フランスは終了間際に逆転ゴールを決められてしまう。当時の日本のサッカーメディアは、同年の「ドーハの悲劇」になぞらえて「パリの悲劇」と書き立てた。

 93年といえば、日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督が故国ボスニア・ヘルツェゴビナを戦禍で追われ、フランスでの指導者としてのキャリアをスタートさせた年に当たる。当然、この試合は見ていたはずだ。前日練習の際に「サウジ(が敗れたこと)は意識するな」と選手に語っていたらしいが、あるいは24年前の「パリの悲劇」の記憶が脳裏をよぎったのかもしれない。いずれにせよ、たとえ「負けても大丈夫」という状態であっても、今回は「勝たなければ意味がない」という姿勢で臨むべきだ。このオーストラリア戦に勝利すれば、日本は1試合を残して予選突破が決まるのだから。

目的が明確でフレッシュな日本の布陣

日本は「大博打」ともいえるフレッシュなスタメンで大一番に臨んだ 【写真:高須力】

 勝てば予選突破という状況は、オーストラリアも同様である。現在グループ3位だが、日本との勝ち点差はわずか「1」。今予選、4試合連続ドローで足踏みを強いられる時期もあったが、ここまで4勝4分け0敗と唯一の無敗を誇る。チームを率いるアンジェ・ポステコグルー監督は、前回のW杯予選が終わった13年10月に就任。従来の高さと強さに加えて、ポゼッションとテクニックという新機軸を打ち出し、オーストラリアのサッカーに革命をもたらす。そしてこの4年間の成果は、今年6月にロシアで開催されたコンフェデレーションズカップでの対チリ戦(1−1)において、世界に向けて披露されることとなった。

 16年10月、メルボルンで日本と対戦したときのオーストラリアは、中盤をダイヤモンド型にした4−4−2であった。しかし今年からチームは、3−4−2−1を採用。先のコンフェデ杯では、中盤の底で存在感を発揮していた主将のミレ・ジェディナクがけがで不在だったため、さまざまな組み合わせが試されたが、チリ戦でのマッシモ・ルオンゴとジャクソン・アーバインのコンビがファイナルアンサーとなったようだ。一方、ティム・ケーヒルのベンチスタートは予想通りとして、ワントップの第一候補であるトミ・ユリッチも控えに回ったのは想定外。加えて、要注意人物のMFアーロン・ムーイはベンチ外である(のちに体調不良と判明)。はっきり言って、やや迫力に欠ける陣容だ。

 一方の日本もまた、スタメンの予想が難しかった。前回のイラク戦から3カ月近くが経過している上に、招集メンバーもいつもより多い27名。スタメンのみならず、システムや組み合わせも読みづらい。この日のスターティングイレブンは以下のとおり。GK川島永嗣。DFは右から酒井宏樹、吉田麻也、昌子源、長友佑都。中盤はアンカーに、ひざのけがから復帰した長谷部誠。インサイドハーフに山口蛍と井手口陽介。ワイドは右に浅野拓磨、左に乾貴士。そしてワントップに大迫勇也。システムは4−3−3というより、むしろ4−1−4−1に近い。

 一見して今回の日本の布陣は、各ポジションのタイプが実に明確だ。インサイドハーフにボールを奪える選手、ワイドにスピードのある選手、そしてワントップにボールが収まる選手。ポゼッションではなく、明らかにカウンターに軸足を置いた人選である。そしてもうひとつの特徴が、これまで出場機会が限られていた若手が積極的に起用されたことだ。井手口は先のイラク戦に続いてこれが3試合目、昌子は5試合目、浅野は12試合目だが先発は昨年9月のタイ戦以来。フレッシュな顔合わせとなったことで、ベンチの陣容は実に豪華なものとなった。本田圭佑、香川真司、原口元気、久保裕也、さらに柴崎岳までいる。ハリルホジッチ監督が、この試合で大博打(ばくち)に出たのは間違いない。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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