指揮官交代は浦和“変革”の合図となるか 5年半のペトロヴィッチ体制を総括する

島崎英純

優秀なアタッカーの加入により崩れたバランス

ラファエル・シルバ(左)を獲得して攻撃陣の層を厚くしたことにより選択肢が増え、ペトロヴィッチ監督は人材登用に苦慮することになる 【Getty Images/J.LEAGUE】

 今季の浦和はアルビレックス新潟からラファエル・シルバを獲得して攻撃陣の層を厚くした。ただ彼の加入によって多くの選択肢が生まれたことで、ペトロヴィッチ監督は人材登用に苦慮する。特に戦術理解度に不安のあるR・シルバの起用法に思い悩み、攻撃陣の組み合わせが多種多様に変化した。その結果、攻撃面では一定のスケールアップを果たした一方で、守備面の拙さが目立ち始めた。ペトロヴィッチ監督が目指すアグレッシブなチーム戦術は攻守が表裏一体でつながっており、前線からのプレス&チェイスは守備組織の肝だった。しかし優秀なアタッカーの加入によってチームバランスが崩れ、攻撃への偏重が際立ったのである。

 R・シルバ加入以前の浦和のベストトライアングルは1トップ・興梠慎三、シャドー・武藤雄樹&李忠成のユニットだった。彼らは成熟したコンビネーションと攻守両面への献身でチーム戦術を引き上げ、近年の好成績に寄与した選手たちだ。今季も「KLM」が先発したゲームではACLグループステージ第1節のウエスタン・シドニー・ワンダラーズ戦(4−0)、第2節・FCソウル戦(5−2)、Jリーグ第5節・ヴィッセル神戸戦(3−1)、第6節・ベガルタ仙台戦(7−0)など、完勝したゲームがいくつもある。

 しかし、彼ら以外のユニットで臨んだゲームは成績が安定しなかった。浦和がリーグ戦、ACLで喫した今季12敗の中で興梠、武藤、李が先発したゲームはわずか2試合しかない。それはJリーグ第15節・ジュビロ磐田戦(2−4)、第19節・コンサドーレ札幌戦(0−2)で、磐田戦は2−1でリードした後半途中に李が交代してから逆転を許し、札幌戦は槙野が退場処分を受けて10人になった後のハームタイムにペトロヴィッチ監督が3選手を同時に代える「3枚替え」を敢行し、そこで李と武藤がピッチを退いている。ペトロヴィッチ監督は、この札幌戦で敗れた翌日にクラブから契約解除を通達されてチームを去った。

堀孝史監督は守備組織の改善に着手

トップチームコーチから昇格する形で指揮を執ることになった堀孝史監督。チームの行く末はまだ鮮明には見えない 【(C)J.LEAGUE】

 前線からのファーストディフェンスが機能しなければ相手カウンターを真正面から受けて被弾してしまう。今季の失点増加の理由は浦和守備網の対人プレー強度不足と併せて、前線守備の不全にあった。多くの攻撃的選手を保有する中で、指揮官が適性の見極めを誤ったことがチーム全体の守備崩壊につながったと見る。

 ペトロヴィッチ監督の契約解除を受け、トップチームコーチから昇格する形で指揮を執ることになった堀孝史監督は早くも守備組織の改善に着手している。

 まず前線の1トップを興梠に固定し、シャドーはプレスバック能力に優れる武藤を2戦連続でフル出場させている。その効果は早くも表れており、ネガティブトランジション(攻撃から守備への転換)速度が上がって、チーム全体のコンパクトネス維持がなされている。また、ペトロヴィッチ監督体制時の代名詞だったストッパーのオーバーラップは控えめで、3バック、ダブルボランチ、両ウイング、前線の各ユニットがポジションバランスを保つ所作が目立つ。堀監督は前任者が手を付けなかった守備組織を整えることで、問題点の解消を目指している。

 一方で、守備への傾倒はペトロヴィッチ前監督が目指した高尚なスタイルからの乖離(かいり)も生じる。監督交代後の浦和はチャレンジ性の高い相手ゴール前への縦パスやワンタッチコンビネーションが影を潜め、相手陣内でのハーフコートポゼッションも頻度が減った。新体制初戦のJリーグ第20節・大宮アルディージャ戦では試合終了間際に同点ゴールを決められ、第21節・ヴァンフォーレ甲府戦では前半19分に奪った得点を死守して終盤の防戦をしのぎ、リーグ戦4試合ぶりの勝利を果たした。堀監督体制発足後は1勝1分け。堅実に勝ち点を得る代わりに、ストロングポイントだった攻撃力が減退しているのは気になる。

 指揮官交代はチーム変革の合図でもある。ペトロヴィッチ監督の築いたスタイルがどう変容するのか。その推移が浦和の行末を示す。かつてたどった歴史をなぞるのか、あるいは新たなる境地を得るか。

 その景色は、まだ鮮明には見えない。

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著者プロフィール

1970年生まれ。東京都出身。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当記者を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動。現在は浦和レッズ、日本代表を中心に取材活動を行っている。近著に『浦和再生』(講談社刊)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信。ほぼ毎日、浦和レッズ関連の情報やチーム分析、動画、選手コラムなどの原稿を更新中。

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