ナダルを復活させた叔父からの言葉 「勝ちたいなら、顔つきを変えろ」

内田暁

全試合ストレート勝利で決勝へ

休養を経て絶好調なシーズンを過ごすナダル。全仏でもナダルらしい縦横無尽なプレー、強烈なフォアハンドが光った 【写真:ロイター/アフロ】

「正直に言うよ。僕は9回ここで優勝したけれど、どの優勝も信じられないほどうれしく、そして翌年戻ってきた時には、僕は信じがたいほどに緊張するんだ」

 今大会の初戦を快勝した後の会見で、「10度目」に挑む心境を問われたナダルは、素直に胸の内を明かした。だから彼は、どのような結果を得られるかに心を砕きはしないと言う。彼が唯一求めるのは、「持てる力を全て発揮する」こと。「今の最大の目標は、優勝ではなく、次の試合に勝つこと」という姿勢を崩すことなく、彼は1ポイントずつ、1ゲームずつ頂点へと近づいていった。

 その頂点への足取りは力強く、ナダルの勝ち上がりは盤石だった。特に目を引いたのが、フォアハンドの威力と、素早い攻守の切り替えだ。守る時はベースラインの数メートル後方に下がり、決まったかに思われるショットをボールと地面の数十センチの隙間にラケットを差し込み打ち返すと、たちまちニュートラル状態へと押し戻した。そして次の瞬間にはポジションを上げ、強烈なスピンを掛けたフォアの強打でねじ伏せる。攻守自在のそのプレーに対抗できる者はおらず、決勝までの6試合全てがストレート勝利で、しかも1試合で落とした最多ゲーム数はわずかに8。準決勝では第6シードのドミニク・ティエム(オーストリア)をも6−3、6−4、6−0で破り、スタン・ワウリンカ(スイス)が待つ決勝へと駆け上がった。

緊張のスタートも、徐々に勢いが加速

決勝で対戦したワウリンカ。好調ナダルに翻弄(ほんろう)され、思わずラケットを“ぐしゃり” 【写真:ロイター/アフロ】

「とても緊張していた」という決勝の立ち上がりは確かに、ナダルの動きはいつもより硬く、フォアのショットも短くなる。それでもワウリンカサーブの第1セット第4ゲームで、6度のデュースを繰り返したころからナダルの動きがほぐれだす。4度のブレークチャンスはいずれも逃すが、打ち合いを長く続け、コートを縦横に走るたびに、彼のショットは威力を増し精度を高めていくようだった。第1セットの第6ゲームをブレークすると、以降は7ゲーム連取で主導権を掌握した。

10度繰り返した、優勝の瞬間のこの光景。「どの優勝も信じられないほどうれしい」 【写真:ロイター/アフロ】

 またこの試合でのナダルは、「今大会で一番良かった」と本人が認めるほどにサーブも好調。第2セット以降はワウリンカに一度もブレークポイントを与えず、そのことが相手にプレッシャーを掛けていく。第3セットの第5ゲームを4度のデュースの末にブレークした時点で、ナダルは「優勝を意識した」と言った。

 それから2ゲーム後……ワウリンカのラケットを離れたボールがネットを叩いた時、ナダルは両手で顔を覆って、赤土の上に大の字に倒れ込む。彼の手を離れたラケットは軽やかに宙を舞い、足元にふわりと落ちた。

「僕はもっと上達したい」 表彰式はコーチを退く叔父とともに

叔父のトニーは今季限りでコーチを退く。二人は、全仏では最後となるハグをした 【写真:ロイター/アフロ】

 表彰式でナダルにカップを渡しに現れたのは、今季限りでコーチを退く、叔父のトニーであった。
「ありがとう、トニー。あなたは僕が3歳のころから、いつも一緒に居てくれた。10個のトロフィーのいずれもが、あなた無しにはありえなかった」
 華やかな演出に彩られた表彰式で、ナダルは感謝の言葉を述べた。

「この勝利が、あなたのキャリアをどう変えるのか――?」
 立錐の余地もない程に各国の記者で埋め尽くされた会見室で、全仏10度目、グランドスラム通算15のタイトルを手にしたばかりの優勝者に、素朴な問いが向けられる。

 いつもと変わらぬ抑制の効いた声のトーンで、ナダルは答えた。

「僕のモチベーションは、変わらない。僕はもっと上達したいし、そのためにもっと練習したい。そして今日のような素晴らしい日を、また迎えたいと思っているんだ」

 初優勝した19歳の時には、今日の自分は想像できなかったという赤土の王。それから12年……31歳になったナダルは今、再びトロフィーを抱く日を、既に思い描いている。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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