ナダルを復活させた叔父からの言葉 「勝ちたいなら、顔つきを変えろ」

内田暁

3年ぶり10度目の全仏優勝

全仏10度目の優勝を飾ったナダル(右)。その傍らには、幼いころからコーチを務めてきた叔父・トニーの姿もあった 【写真:アフロ】

 慈しむように両手で抱え顔を埋めた銀色のトロフィーは、彼が過去に9度手にし、そして今年、3年ぶりにつかんだ10度目の全仏オープン優勝の証しだった。

 表彰式では、センターコート“フィリップ・シャトリエ”の巨大スクリーンに、10度の優勝の瞬間が次々と映し出される。2005年、汗で濡れたノースリーブのシャツを赤土まみれにして喜びを爆発させた長髪の19歳は、年を重ねるごとにその顔に年輪を刻み、しかしいずれの年も初優勝時と変わらぬ歓喜で栄光の瞬間を迎えていた。

「05年の頃の僕は、17年にはマヨルカ島でボートを浮かべて、釣りをしている自分の未来を想像していたよ」

 少年のようなはにかんだ笑みを浮かべて、ラファエル・ナダル(スペイン)は述懐した。

 今大会を迎えた時、ナダルは既に、優勝の最有力候補と目されていた。なにしろ4月中旬から始まったクレーコートシーズンで、ナダルは3大会連続優勝、17勝1敗という驚異的な数字を残している。ナダルの10度目の優勝なるか……それこそが今年のローランギャロスの、最大のトピックだった。

1年前の棄権 叔父からの言葉

1年前の全仏は、3回戦を戦わずして棄権した(写真は今大会開幕前) 【写真:ロイター/アフロ】

 しかし今から1年前――この日の光景を予想した人は、決して多くなかっただろう。昨年の全仏オープンでのナダルは、利き手の左手首を負傷し3回戦を戦わずして大会を去っている。

「あれは、キャリアで最も辛い日の一つだった」

 後にナダルは、苦しそうに振り返った。

 全仏直後のウィンブルドンを欠場し、約2カ月半の休養を経て復帰した後も、ナダルの苦悩は続いていた。全米オープンは4回戦で敗れ、その後はケガが悪化したために10月上旬の時点でシーズンを切り上げることを余儀なくされる。

 この時のことを、ナダルの叔父でコーチでもあるトニー・ナダルは、次のように回想した。
「ラファエルが、話があると言ってきた。手首が治るまでテニスを休むと言ったので、それが良いと答えた。そして『では来年以降は、どうしたいんだ?』と聞いたんだ」

「人生が変わっていくように、お前も変わらなくてはいけない。世界のテニスは年々スピードアップしている。そこで勝ちたいなら、顔つきを変えろ。全ての大会で、もっと闘争心を燃やさなくてはいけない。それができないなら、また同じ結果になるだけだぞ」……叔父は甥に、そう言い聞かせたという。

 そこからは手首の治療と同時に激しいトレーニングが始まり、そしてケガが癒えてからは、ナダルいわく「約1カ月半の理想的な練習」を積むことができた。10度目の全仏オープンタイトルへのプランはこうして、昨年末にツアー離脱を決断した時点で、既に動き始めていた。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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