2016年 吹田スタジアムの価値<後編> シリーズ 証言でつづる「Jリーグ25周年」

宇都宮徹壱

スタジアムづくりはあくまでも「カスタマーファースト」

17年にオープンしたミクニワールドスタジアム北九州。「新しいスタジアムを作るなら球技専用で」という機運は、間違いなく全国的な広がりを見せている 【(C)J.LEAGUE】

 15年3月、スタジアム建設募金団体が寄付金の総額を発表した。法人で約99億5000万円、個人で約6億2000万円。これにtotoの助成金と国交省助成金を合わせた35億1000万円が加わり、スタジアムの建設資金およそ140億円を何とか確保することができた。「川淵さんと下妻さんには、多くの企業を訪問いただいたり、手紙を出していただいたり、電話を入れて頂いたりと本当にありがたかったですね」と金森は語る。その一方で見逃せないのが、totoの助成金であろう。「スタジアム建設で、国から補助が出たことの意義は大きかった」と語るのは佐藤である。

「つまり、当事者以外からも支援がもたらされたということですね。新設のスタジアムで、totoの助成金を受けた第1号が吹田、そして第2号が北九州(ミクニワールドスタジアム)です。北九州に関していえば、自治体が熱心だったこともありますが、12年のクラブライセンス導入も大きかったと思います。現状の(本城)陸上競技場のままであれば、J1ライセンスは交付されない。それならば(J1のゲームも開催できる)新しいスタジアムを作ろうと。J2ライセンスが不交付となった鹿児島(ユナイテッドFC)でも、新スタジアム建設の署名活動が始まりました」

 ライセンスの件に関しては「クラブや自治体に対して厳しすぎるのではないか」という意見があるのも事実だ。しかしスタジアムプロジェクトの実現のためには、周囲から恨みごとを言われてもなお、基準のハードルを上げる必要性があるというのがJリーグの下した判断だった。プロジェクト発足後、南長野(15年)、吹田(16年)、北九州(17年)さらには京都の亀岡にも19年末に新スタジアムが完成予定。さすがに「10年で10個」とはいかないが、それでも「新しいスタジアムを作るなら球技専用で」という機運は、間違いなく全国的な広がりを見せている。

 おそらく吹田スタジアムは、日本のスタジアムづくりの新たなスタンダードとなってゆくことだろう。一方で今回の事例は、さまざまな教訓を残したとも言える。現在、大学でスポーツビジネスとマーケティングを教えている金森は、自身の専門領域から見ても示唆に富む事例であったと指摘する。

「私は『価値』という言葉をよく使うんですけれども、以前の陸上競技場と今の吹田スタジアムとでは、同じ試合でも価値を完全に変えてしまったと思っています。われわれは『スポーツを生産している』、観客は『スポーツを消費している』。生産者と消費者というこの関係性に、事業者は早く気が付く必要があります。最近、東京五輪に関連して『アスリートファースト』という話がよく聞かれます。でも私は、これからは違う考えを持つべきだと思っています。それは『カスタマーファースト』。顧客中心に考えないと、ビジネスとして絶対に成功しませんから」

 思えば金森自身も、そして彼がプロジェクト成功の功労者に挙げた3人も、業種は違えどもビジネスの世界で功成り名遂げた人物ばかりである。スタジアムづくりの根底に「カスタマーファースト」があったのは至極当然のことだったのかもしれない。取材を終えた今、新国立競技場をはじめとする2020年の競技施設に決定的に欠落していたものを、あらためて痛感する。

<この稿、了。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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