知られざる静岡東部のサッカー風景 J2・J3漫遊記 アスルクラロ沼津編
JFL時代のライバル鹿児島に2−0で勝利
沼津のFW薗田卓馬。出身は鹿児島で、故郷のクラブとの大一番で貴重な先制ゴールを挙げた 【宇都宮徹壱】
沼津のゴール裏を仕切る「ザビ太」は、クラブを取り巻く変化と鹿児島戦への意気込みついて、このように語ってくれた。沼津を応援するようになったのは13年から。以前はジヤトコのサポーターだったが、チームが活動停止となってからは自分なりに仁義を通すべく、沼津が東海1部に昇格するまで「応援は自粛していた」という。彼のようなサポーターはごく少数だが、それでも地元からJクラブが誕生することの意義は計り知れない。
J3リーグが創設される前年の13年、沼津は早々とJ3ライセンスを取得。しかし「J3入会審査には及ばなかった」として、14年はJFLからのスタートとなった。そして3年目のチャレンジで、ついにJ3への扉を開くこととなったのである。第5節を終えて10位と健闘している沼津だが、鹿児島は2位。久々のライバルとの対戦は、晴れてJクラブとなった沼津が、その真価を試される一戦と言っても過言ではなかった。
愛鷹のスタンドが熱を帯び始めたのは、後半に入ってから。5分に藤嵜智貴がクロスバーを直撃するシュートを放ち、20分にはGK石井綾がファインセーブで危機を防ぐ。そして後半26分、ついに沼津が先制。途中出場の青木翔大が右サイドをドリブルで持ち込んで右から折り返し、ニアで中村亮太がスルーしたところを薗田卓馬が右足でネットを揺らす。さらに37分には、ゴール前の混戦から中村が右足を振り抜いて2点目。ほぼ「完勝」と言ってよい内容で、沼津が鹿児島に2−0で勝利して、ホームで勝ち点3を積み上げた。
試合後の会見。沼津の吉田謙監督は「2年前、鹿児島のアウェー戦(霧島市国分運動公園陸上競技場)では終了間際に失点しましたが、向こうにはチームを勝たせる熱があった。今日は愛鷹に沼津を勝たせる何かがあったと思います」と感慨深げに語っていた。一方、敗れた鹿児島の三浦泰年監督も、試合結果とは別に思うところがあったようだ。沼津の印象について「東部はどちらかというと、(サッカーに関しては)まだまだ栄えていない印象でした。それが、しっかりした目標を掲げたクラブができたのは素晴らしいことだと思います」と、静岡出身者としてポジティブなコメントを残している。
アスルに期待する地元の優良企業と自治体
沼津市役所の職員が着ていたポロシャツ。アスルクラロは新たな観光資源として期待される 【宇都宮徹壱】
スルガ銀行チャンピオンシップ、そして天皇杯での「SURUGA I DREAM Award」など、日本のサッカーファンには何かと親近感を覚えることが多いスルガ銀行。その発祥の地は沼津市であり、地元では一番の優良企業として知られている。会長の岡野光喜は、静岡県サッカー協会の会長も務めており、もともとサッカーには理解のある企業でもあった。沼津がJ3に昇格した今季、クラブの経営安定化を目的に、渡邉を新社長として送り出したのも、ある意味で自然な流れであったのかもしれない。渡邉自身はこのように抱負を語っている。
「経営の安定化と同時に、J3で上位を狙えるチームになることを目指します。実力があるけれど、ライセンスの問題でJ2には上がれない、ということになれば行政や県にアピールもできますから。われわれの目標は、沼津市をはじめとする静岡県東部の活性化。裾野市や富士市を含めて、東部は人口流出が続いて元気がないですから、われわれが夢を与える存在になりたいですね」
沼津市役所も、アスルクラロへの関与を強めている。JFL時代にはスポーツ振興課が対応していたが、今年から新たにスポーツ観光推進室を立ち上げた。これなどは、行政側がアスルクラロを「観光資源のひとつ」として認識している証左と言えよう。そして副主任の河本広大もまた、アスルに期待する理由として「人口減少対策」を挙げている。
「沼津の知名度というのは、それほど高くはないんですよね。若い世代では『ラブライブ!サンシャイン!!』で知った方もいるかもしれませんが(苦笑)、現実問題として沼津市は定住人口が減ってきています。大都市圏にアクセスしやすいことが、かえってあだになっている。そうした中、仕事や趣味を楽しみながら、この地で生きていこうという若い人たちにアピールできるものは何か? そのひとつに、アスルクラロがなればいいなと思っています」
地元の優良企業も自治体も、アスルクラロ沼津がJ3に昇格したことで、それぞれが壮大な夢をクラブに投影しているように感じられる。もちろん現状では、クラブの知名度は『ラブライブ!サンシャイン!!』と比べればまだまだ低い。全国的に有名な選手は、元日本代表の中山と伊東輝悦くらいだろう(ちなみに2人とも第8節終了時で出場機会はない)。とはいえアニメの放映が終われば、「聖地巡礼」のブームもいずれ下火になる。最も若いJクラブの成長に、地域がさらなる期待を寄せるようになるのは、そう遠いことではないはずだ。
<後編(5月24日掲載予定)につづく。文中敬称略>