【ボクシング】田中恒成が抱く“統一戦”への野望 強敵を打ち倒し、さらなる高みへ

船橋真二郎

5月20日の初防衛戦に向けて、東京での出稽古に来ていた田中恒成にインタビュー 【スポーツナビ】

 5月20日、21日の2日間で合計5つの世界戦を集めたプロボクシングのビッグイベントが東京・有明コロシアムで行われる。ロンドン五輪ミドル級金メダリストの村田諒太(帝拳)の世界初挑戦を中心に注目が集まる中、この男のことを忘れてはならない。

 同じ5月20日、地元・名古屋の武田テバオーシャンアリーナでWBO世界ライトフライ級王座の初防衛戦に臨む田中恒成(畑中)。16戦全勝全KO勝ちの戦績を誇る危険な挑戦者、同級1位のアンヘル・アコスタ(プエルトリコ)を迎える。

 昨年大みそかの王座決定戦は、戦歴と実績で大きく上回る元世界2階級制覇王者の強豪モイセス・フエンテス(メキシコ)が相手だった。元WBO世界ミニマム級王者の実績があるとはいえ、キャリア8戦目の田中には苦戦の予想も多く聞かれた。だが、結果は終始、田中が圧倒した末に5回TKO勝ち。あらためて、ポテンシャルの高さを証明した。

 現在のライトフライ級はIBF王者に八重樫東(大橋)、WBA王者に田口良一(ワタナベ)と、世界4団体のうちの3つまでを日本人王者が占めるという異例の状況にある。さらに5月20日の有明では、拳四朗(BMB)がガニガン・ロペス(メキシコ)の持つWBC王座に挑むことが決まり、4団体の世界王者がすべて日本人となる可能性も出てきた。

 早くから統一戦を声高に熱望してきた田中だが、試合の中継局が八重樫はフジテレビ、田口はテレビ東京、田中は中京圏ローカルのCBC(キー局はTBS)と異なるなど、そう簡単に事は運ばない。それでも田中は前を向く。2月にはプエルトリコに飛び、アコスタの挑戦者決定戦を畑中清詞会長とともに視察。現地では地元メディア向けのプロモーション活動に協力するなど、貴重な体験もし、「もっと面白いことがたくさんある」と言うのである。

 次代を担う21歳の王者は今、何を思い、どこを目指しているのか。4月初旬、初防衛戦を控えて、東京・大塚の角海老宝石ジムを拠点に1週間のスパーリング合宿を敢行していた田中に話を聞いた。(取材日:4月7日)

すべて想定内にはまったフエンテス戦

年末のフエンテス戦で2階級制覇を達成。格上相手に完ぺきに近い内容だった 【写真は共同】

――昨年大みそかのフエンテス戦の前から、名古屋から外に出て、東京に限らず、大阪、金沢など、積極的に出稽古を行なっているようですが、どんな狙いがありますか?

 いつもパートナーを呼んでもらってやってたんですけど、まだ減量がきつくなる前にどこかに出かけてスパーリングをやることは意識してやってますね。練習ノートを見返してみても、高校のときはスパーリングをたくさんやってたんですけど、プロになってからは少なかったんで。そこに自分の伸びしろがあるなと感じて、やってみようかなと思って。

――まだ減量に入る前の動ける時期なら、試合に向けた対策だけじゃなくて、自分のやりたいことをやれるというか、いろいろな相手とレベルアップを図るスパーリングもできる。

 そうですね。こっちに来ると相手も豊富だし、課題としてイメージしてきたことを試すだけのスパーリングじゃなくて、決められたラウンドの中で勝ちきることも意識してやってます。外に出てやることで緊張感もあるし、ちょっと時間は早すぎるんですけど、スパーリング開始の1時間半前にジムに入って、バンデージもしっかり巻いて、ストレッチもアップもしっかりやって、真剣に準備することも含めて、試合に臨むような気持ちで取り組んでます。飯田覚士さん(元WBA世界スーパーフライ級王者)からも『実戦的な練習が足りないんじゃないか』と言われたことがあったんですけど、そういう実戦的なスパーリングが実力をアップする上ではすごくいいなと思ったんで。まあ、これが海外だったら、もっと大変で、もっと力をつけられるんでしょうけど(笑)。

――そういう新たな取り組みも取り入れて臨んだフエンテス戦は、これまでのベストと言っていい試合になったと思います。あらためて、振り返ってどうですか?

 ちょっと自信になりました。めちゃくちゃ当たり前のことを言っとるみたいですけど、練習でやってきたことが、全部ではないけど、そのまま出せましたし、自分にしか分からんような小さい動きですけど、そういうのがたくさん出たので、それも含めて自信になりました。

――相手との距離、タイミングを本当にうまくコントロールしているように見えました。

 フエンテスは前に出て来るので、どうやってさばくかをみんな考えると思うんですけど、逆に下がらせたらどうなるんだろうな、と思って。ステップを踏みまくって、動きまくっとったら(前に出るスペースを相手に与えることになるため)、どんどん前に来て、相手が前に出るのが当たり前になるので、たまに歩いて、わざと動かないようにして見せたりとか。映像で見るとリードのジャブをボディに打つと動きが一瞬止まったり、(重心を)一瞬低くしてしゃがみ込むと動きが止まることがどの試合でもあったので、その間にポジションチェンジするとか。

 そういう相手の前進を止める、小さい動きを何種類も考えていて、これがダメなら次はこれと、用意していた手札を少しずつ使いながら、というのが思いどおりにハマりました。全部、想定内に収まっとるし、想像以上のことがなかったので心に余裕も生まれました。

“5割のスピード”で緩急をコントロールする

緩急を試合の中でコントロールすることを実戦の中で身につけている 【スポーツナビ】

――1年前、階級をミニマム級からライトフライ級に上げる頃は、いろいろ試行錯誤していた時期だったと思いますが、「自分の型が欲しい」と話していました。相手を自分の型にはめ込むのが強さだと。そういう意味では、少しずつ自分のボクシングが見えてきましたか?

『自分のボクシング』という言葉自体がちょっと分からないんですけど……。まあ、そのときは山中(慎介)選手を例に出したと思うんですけど、左を当てれば倒せるとか、そういう絶対的な武器があったら、それを当てるプロセスを試合の中で組んでいくんですけど、その前提が自分にはないんで。

――当時は「自分の一番の武器はスピードだから、今まではスタミナを考えて、押さえ気味にしていたのを全開にしてみようかな」と話していた時期でした。

 ああ、そんな時期もありましたね。逆にフエンテス戦の前は“5割のスピード”でやることを意識しました。基準の5割を持った上で、緩急をつけて、上げたいときに上げたり、わざと遅くしたりしながら。まあ最初からどんどん飛ばすと、それ以上がもうなくて、あとは落ちていくだけになるとつまらんし、相手にとっても驚きがないので。

――5割という基準のスピードを相手に植え付けた上で、わざと遅くしてタイミングをずらしたり、急にスピードを上げて驚かせたりと?

 そうですね。5割というのは、これならずっと保てるスピード。ただ、そのスピードが相手にとってはカウンターを取りやすかったり、遅すぎたりしたらアウトなので、そのギリギリのラインじゃないけど、相手にとっては速い、自分にとってはずっと続けられる、そのスピードを基準にして、上げる、下げるを意図的にすべてコントロールしたいと思ってます。そういうことも含めて、スパーリングで身につけられることも多いです。

――相手との兼ね合いで、基準のスピードを上げたりもしながら。

 まあ相手がかなり速い選手なら、そうもいかなくなるんでしょうけど(笑)。

「統一戦」への障害が大きくとも行動する

日本人同士の統一戦への機運も高まるが、「ライトフライは今年いっぱい」と話している 【写真は共同】

――フエンテスにはもっと苦労するのではないかと予想していたのですが、それがいい意味で裏切られて、いいところだけが出た試合になりました。

 試合をやる前は「6−4で向こうかな」と会長が言っていて、俺の意見とまったく一緒だなと思って。ただ、それは日本でやったら。まあ向こうでやるとか、いろんな話もあったんで、メキシコなら6.5から7でフエンテスかなと。それまでの実績とか、試合を見ても上だなと思ったし、俺もかなり苦戦すると思ってました。でも、数カ月あったら超せるかなとも思ってました(笑)。なので当日は6−4か、それ以上に俺だなという自信はありました。

――やはりミニマム級より動けたことも大きかった?

 体重ですか? それはもう全然違います(笑)。

――でも、もうライトフライ級もきついですよね?

 まあ、そうですね。(フィジカルトレーニングで)体を作ってきてるし、プエルトリコでも「ライトフライ級とは思えないくらい大きいんだけど、大丈夫なの?」と良く聞かれました。でも、しっかりと当日に合わせられたので、無理な階級ではないことは確かです。ミニマム級はもう無理(笑)。

――今のライトフライ級は田中選手も含めて、日本人の世界王者が3人いる状況です。ずっと統一戦をやりたいと言い続けてきましたが、この階級にとどまる理由はそこが一番ですか?

 そこが一番ですね。八重樫選手はテレビでずっと見てきたし、田口選手も、まだ自分のデビュー前かな、日本タイトルを井上尚弥(大橋)さんとやったとき(13年8月25日)だけは会場で観たことがあって。今は統一戦と言ってますけど、この2人とやりたいとずっと思ってきたんで、難しい理由も分かるんだけど、何とか実現できたらうれしいんで。だから『諦めます』じゃなくて、俺は別にそんな事情を知らんでもいいポジションだと思ってるし、どんな行動をしたら、どういうことを言ったら実現できるのかなとか考えてみたりして。

 まあ、俺の立場は楽ですよ。どう考えても俺の方がメリットは大きいし、失うものは八重樫選手、田口選手の方が絶対に大きいんで。たとえば、この2人が年下だったら、俺もここまでがっつかんかもしれんし。そういう気持ちも分かります。でも、状況を変えるためにも、言葉に出したり、行動したりしようと思ってるんで。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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