10連覇・内村航平を見上げる白井健三 「届きそうで届かない」王者の背中

矢内由美子

「まだ挑むには早いと思わされた」

白井と同じ96年生まれの千葉健太(左)、谷川航(中央)。この世代がいつか内村を超えていく必要がある 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 決勝では第1班の6人中4人が、白井を含む1996年生まれの大学3年生。“白井世代”が束になって倒しにかかったが、それでも勝ったのは内村だった。2位もベテランの田中だった。

 鉄棒の演技が終わった後、白井は「どうせなら健三が優勝して欲しいな」と内村に言われたという。ただ、白井の心の中にはそれを真正面から受け止めるだけのものがまだなかったのだろう。

「今日は、何か届きそうで届かない、遠いものを感じましたね」

 白井は6種目を内村と同じグループで回り、内村が1種目ごとに気持ちのオンとオフを使い分け、気持ちのスイッチによって身体をコントロールしていることを目の当たりにし、うならされた。とりわけ平行棒だ。内村は予選でまさかのミスを犯したこの種目で集中力のネジを巻き上げ、演技構成を予選とは変えながら、最後の着地をしっかり狙って止めに行った。

「平行棒の着地を止めて、締めた演技をしてくるところに、まだ、挑むには早いかなと思わされました」

 内村の足元まで迫った白井だが、おそらくはこの平行棒が終わった時点で、世代交代を遂行するためのエネルギーは底を突いていた。鉄棒の演技は白井にとって満足のいく出来映えだった。だが、キングには届かなかった。

内村との距離感を手に入れた白井

0.250点差の中にひそむ「大きな差」。今大会で白井は現実的な距離感を手に入れた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 それでも、王者を追い抜いていくという任務を負っているという自覚は確かに持っている。

「勝つにはまだ早いのですが、少しでも航平さんを驚かせ、焦らせるという目標は今回達成できたと思う。航平さんに“あの世代は来ている”というインパクトを与えることはできた」

 0・250点差の中にひそむ「大きな差」(白井)と、昨年はまだ確認できなかった現実的な距離感を、白井は手に入れた。同じく個人総合で争うNHK杯は1カ月後にある。白井は「今回のイメージを練習に生かしていけば、大学3年生の勢いで周りを驚かせるフレッシュな演技ができると思う」と意気込みを見せている。

 一方、内村は今回の優勝を振り返り、「もう地獄ですよ。また勝ってしまったことで、期待に応え続けなければいけない」と苦笑いを浮かべていた。トップに立ち続けるプレッシャーの中で10年近くも戦う王者には、負けることで新たな方向からのモチベーションが生まれるかも知れないという“願望”もあるのだろう。

 白井あるいは白井たちの世代が内村を超えていくのはいつになるのか。できれば、本気で倒しに行って勝つ姿を見たい。おそらく内村もそう願っている。

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著者プロフィール

北海道生まれ。北海道大卒業後にスポーツニッポン新聞社に入社し、五輪、サッカーなどを担当。06年に退社し、以後フリーランスとして活動。Jリーグ浦和レッズオフィシャルメディア『REDS TOMORROW』編集長を務める。近著に『ザック・ジャパンの流儀』(学研新書)

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