ヴァンフォーレ甲府アカデミーの強化戦略 U−12の成果をトップにつなげるために
U−15の監督としてスペイン人指導者を招へい
甲府はU−15チームの監督としてスペインからアドリアン氏を招へいした 【大島和人】
西川は「U−18の監督の島根(聡一)と私と、それから佐久間悟GMを中心に『どうすれば選手たちがより大きなメリットを得られるか。県内の選手を確保できるか』という話をしています」と明かす。トップの主力選手の中で、アカデミー出身者はまだ堀米のみ。頂上を目指すことを考えれば、甲府のアカデミー整備は「1合目に行ったか行かないか」(西川)という段階だ。
U−12からの良い流れをU−18、そしてトップにつなげようという動きの中で、クラブが打った新たな一手が、スペイン人指導者の招聘(しょうへい)だ。今季からルイス・アドリアン・ゴンサレス・ガルシア氏がU−15の監督に就任した。
「トップチームに上げていく期間がU−18で、(U−18までの)勝負する3年間に向けて変えなければいけないのはU−15だと考えました。私たちが大事にしているフットボールブレインを成長させなければいけない。U−12も成果が出て、そこからジュニアユースに半分くらいは上がります。彼らに3年間、スペインのエッセンスを入れて育てていくのは良いことだと思いました」(西川)
スペインと関わりが深い代理人からの推薦もあり、16年12月にアドリアンが来日。佐久間GMやアカデミーのコーチ陣がそこで実際の指導を確認し、採用を決めた。西川自身も16年の初頭にスペインに渡り、エスパニョールのアカデミーを視察していた。
「基本的には人工芝が1面。わーっと人がいる中で練習していました」という環境は、同じ街にあるバルセロナとはかけ離れており、甲府に近いものがあった。「行ったときにクリニックをやっていて、スウェーデンの選手にスペイン人が英語でコーチしていた」という国際性も、エスパニョールの特徴だったという。
佐久間GMや西川は、ヨーロッパにコーチ留学をした経験があり、クラブ内には他にも英語を使えるコーチがいる。ロンドンへの指導者留学経験も持つアドリアンの英語を、コーチが通訳する形で指導は行われている。
小さな街から大きな世界を見据えて
小さいクラブの中で甲府のアカデミーは精いっぱいの愛情を受けて育ってきた 【写真:アフロスポーツ】
「お互いにどうコミュニケーションを取るのか? 言葉だけでなく、他の手段でどう意思を伝えるのか。サッカーは複合的なスポーツなので、状況の変化に対応するためには、コミュニケーションが大切になる」
彼が今までに経験したスタイルと、甲府の現実には当然ギャップもあるだろう。これについては「ここの環境、選手たちの強みと弱みを踏まえて、そこに自分の考えを加えて、スタイルを作り出さなければいけない」とアドリアンは述べる。選手との関係については「同じ言葉を話せないので大変な部分はあるけれど、選手たちは一生懸命理解しようとしてくれているし、2週間見た中で成長している。サッカーという言葉を通して、共通理解できるし、選手たちは英語を使ってコミュニケーションを取ろうとしてくれている」と説明する。
お互いの違いがあるからこそ、新たな発見もある。選手はもちろん、アカデミーのスタッフにとっても「異文化交流」から得るものはあるはずだ。
甲府は手堅い経営を続けつつ、物心両面からアカデミーを大切にしてきた。トップチームの指導者も、アカデミーに対しては総じて協力的だったという。西川も「城福(浩)さん、大木(武)さん、安間(貴義)さんとアカデミーを大事にしてくれる人だった」と歴代監督への感謝を口にする。トップとアカデミーの交流、風通しのよさは甲府の特徴で、堀米も「大木さんや安間さんは(アカデミーの)練習に来て、一緒にボールを蹴ってくれた」と振り返る。
全日本少年サッカー大会が静岡県で開催されていたころは、強化や育成と関係がないフロントスタッフも甲府U−12の応援に駆け付けていた。貴重な休暇に車を飛ばして、U−12の応援に行くようなカルチャーが甲府にはある。Jクラブのアカデミーはトップの人事に巻き込まれる弱い存在だが、甲府のアカデミーにはそういった不安定さはない。だからこそ、西川もこのクラブで14年目の春を迎えている。
小さいクラブの中で、甲府のアカデミーは精いっぱいの愛情を受けてここまで育った。「トップの主力を自前で賄う」という究極の目標を達成するためには、まだかなりの時間がかかるだろう。しかし、このアカデミーは小さな街から大きな世界を見据えて、地道な歩みを続けている。