青学駅伝部を支えたトレーナーが語る補強トレの重要性 五輪で勝てる選手を育てる方法とは?
トレーニングを始めるのに早すぎることはない
箱根駅伝3連覇を支えた「青トレ」は、選手の体を守るところから強化を始めていった。ただこの基礎は高校時代からやっていた方がいいことでもある 【写真:日本スポーツプレス協会/アフロスポーツ】
体作りの部分やケアのやり方は、ほかの種目でもできます。ですが体幹の作り方や強化の方法は、やはり種目によって全然違います。私はいろいろな種目を見ていますが、同じことをやっているわけではありません。例えば、陸上長距離の場合は、前に進むという運動しかなく、一定のリズムを刻んで、長時間続けることになります。ですがサッカーだと横にも動きますし、止まることもあります。急にスピードを上げる必要もあるし、ボディーコンタクトもあります。
そうなるとこの2つの競技には、「スポーツである」という共通点しかなく、トレーニングの方法が同じであるのはおかしな話です。
結局、私が初めて青山学院大のトレーニングを見始めた頃は、すべてほかのスポーツのトレーニングを真似ているだけで、長距離に生かされるものではありませんでした。それに本人たちも気づいていなかったのです。
――小学校や中学校のクラブ活動の中で教わるトレーニングが、長距離走をするには理にかなっていないと?
もちろん学校教育の中で、体育の先生が「この子はこの部活だから、こういうトレーニングをさせよう」と分けるのは無理だと思います。また準備運動に関しても、チームワークなどを考えて全員同じ運動をさせることも普通だと思っています。
――理にかなったトレーニングというのは、早ければ早いうちに始めた方がよいものなのでしょうか?
そうですね。ただ小学生とか若い子は、どちらかというと動作習得能力が高いので、強化トレーニングで介入できることもありますが、まずは動作を見せることが大事です。一流プレーヤーの動作や走りを見せて真似させる。たくさん見せて興味を持たせることが、すごく大きな要因になると思います。
現在のトレーニングは順番を間違えている
強化といってもいろいろな意味がありますが、例えば体幹にしても、深層の腹横筋はお腹にコルセットのようについています。そこにどうやって力を入れられるかは、お腹にぐっと力を入れても腹直筋に力が入り、体が安定するわけではありません。ただもし、腹横筋に力を入れる感覚が持てるのであれば、そこを強化する必要はないです。
ただ腹横筋というのは誰もが持っているものですが、うまく使えていない。ですからこういう風に力を入れれば腹横筋を使っている感覚が得られるんだということを教えるには、使うしかないんです。それは右利きの人が左利きになるのと同じで、左利きになる方法は、左手でペンを持って練習するしかないんです。腹横筋も力の入れ方、使い方を徹底的にやらせて、使えるようになったら強化プログラムに入ります。
左利きになろうと思っているのに、その周りの筋力トレーニングをしても左利きにはなれません。握力をつけたからといって左利きにはなれないですし、うまく使うことができません。今のトレーニングメニューというのは、そういう状態なんです。
――使い方を学ぶ前に、パワーをつけることを優先してしまっていると。
そうですね。使えるようになってから筋力や握力を付ければ、筆圧強く、いい文字が書けるようになるんです。現在のトレーニングはそこの順番を間違えていることが、ものすごく気になるところです。
五輪で勝つにはフィジカルが強い選手の育成を
結局、走ることのメリットは多いです。走らないと作った筋肉の使い方は習得できないですし、あと長距離では心肺持久力と筋持久力の両方がないと耐えられません。心肺持久力を付けるためには、走りで心拍を上げないと、力がつきませんので。
――一方で大学生ランナーに、いわゆる「サブ10」2時間10分を切るタイムを求めるのは、トレーナー目線としてどのようなお考えでしょうか?
私はリオ五輪も会場で見ていましたが、やはり8分台で走れれば表彰台に上れるチャンスがありました。つまり、2時間8分台を出すことで、「世界と戦える」という自信になるのです。それが2時間10分を切れないと、確実にメダルを狙えませんし、世界と戦える自信がつかず、練習の調子も上がらないと思います。
ただ最終的に重要なのは、タイムというよりも、どれだけフィジカルが強いかです。それはどれだけ圧倒的な筋持久力と、圧倒的な心肺持久力があるかどうかということ。リオ五輪もそうでしたが、タイムはそれほど良くなくても、差が出た部分はスピードの上げ下げの駆け引きで相手を振り落とす力でした。これはフィジカル能力が高い選手にしかできません。ですから、歴史に残るような世界記録を残したいというのなら別ですが、五輪のことを考えると、そういう駆け引きが重要になってくるのです。
フィジカルが強ければ、自分から駆け引きができるようになります。タイムだけをおって必死に練習していてもフィジカルが強くなるわけでなく、そういう点で、日本人選手は圧倒的にフィジカルが弱いです。
ただフィジカルを強くするためのトレーニングメニューは、ベンチプレスを挙げることではないんです。未だにトレーニングといったら、そういうメニューを考えてしまう方が多いのですが、長距離走者にそういうことをさせてしまうことに疑問を感じます。
――日本人選手でいうと、筋持久力か心肺持久力、どちらかに秀でている選手はいるのでしょうか?
いえ、元々心肺持久力が高い選手は、VO2値(酸素摂取量)の最高値が高いという差はありますが、最大で20%ぐらいしか伸びしろがなく、その値が高い選手がいても、結局は息が続いても筋肉がついていかないということもあります。今度はその逆で、筋肉は動くけど、息が続かない。それだともったいないので、やはりそこは合わせ持ったようにしないといけないですね。
――やはり同時に鍛えていくトレーニングが必要なんですね。
そうですね。あとは、中枢神経系の疲労というものがあって、体というのは追い込んで限界を感じると、「動きを止めなさい」という命令を脳が出します。これは人間の防衛反応として必要なことです。ただこの限界ラインは実際の限界の80%ぐらいで出る人と、90%ぐらいで出る人がいるので、その水準を高く持っていくことも必要です。
今の子供たちは脳がストップをかけて足が動かなくなるのですが、少し休めばまたすぐに走れて、それって実は限界じゃないんですよね。ですから、この水準を上げるメニューをしていかないと、勝てる選手は育てられないと思います。
(取材・文:尾柴広紀/スポーツナビ)