戸田和幸の描く理想の指導者像<後編> 現役時代の苦い記憶、解説で学んだこと

中田徹

解説者として学んだマネジメントのコツ

現役時代は「10点満点の10」を取りにいっていたが、解説者を経験してコントロールできるようになったという 【写真:川窪隆一/アフロスポーツ】

 戸田さんの言いたいことはこうだ――。自分は解説者として「今、自分が持っている『10の力』を出すぞ」と万全の準備をして臨んでいる。だけど、カメラがボールに寄りすぎていて、画像に選手が5人しか映らず、俯瞰した目で解説ができないとか、サッカーに詳しくない実況が戸田さんの話を引き出せず、『5の力』しか出せないこともある。昔の戸田さんだったら「ふざけるなよ。みんなサッカー中継見るのを楽しみにしていて、俺も準備してきているのに」とキレていただろう。

「だけど今はその仕事の中でのベストを探すようになったんです。『今日は5だな』『今日は8』『今日は10でいく。もう視聴者がついてこれなくてもいい。全部出す』とか、コントロールできるようになりました。指導者として自分の理想があっても『今はここ』というのが、あるじゃないですか。例えば、連敗しちゃったらまずは勝ち点を取ること、自信を回復させることが先です。理想のサッカーはまだちょっと……とかね、そういうジャッジをしないといけません。

 現役時代の自分は常にまっすぐに『10点満点の10』を取りにいっていました。チームに対しても、自分に対しても、周りに対してもそうだった。だけど、それができない時には、10を狙いにいく自分の姿勢と気持ちが、周りからすると強すぎて邪魔だった」

 だが、戸田和幸という赤くて青い炎を持った選手が、6を狙って練習や試合に臨んでもチームにとってプラスに働いたとは思えない。

「だから自分が監督になったら、選手には常に『10でいいぞ』と伝え、それを僕がうまく使う。僕も『今日は6だな』と思っても、選手には気付かれないようにうまくコントロールして、結果的にそこにいくように練習を設定すればいいだけ。最初から『今日は6』なんて言ったら選手はやる気をなくしちゃう。そこを含めて監督のマネジメントです。だから、マスコミに話す言葉も大事になります」

具体的に思い描くトレーニング方法

 戸田さんには「戸田メソッド」のようなイメージはあるのだろうか?

「『戸田メソッド』は、ないかもしれないけれど、オリジナリティーのあるサッカーはしたいですね。何か新しいシステムはないかとか考えますけど、ないね(苦笑)。

 選手から『めっちゃキツいけれど、戸田さんのところでサッカーやるのは楽しい』『キツいです。でも結果が出てますからね。頑張ります!』とか笑って言われてみたいです。『頭使わないとできないですよね』『勉強します』みたいに、選手が自分でそこに行きたいと思うような指導者にならないといけない。やっぱり練習場に通うのが楽しくないとね」

 戸田さんには「ファンクショントレーニングを取り入れたい」という考えがある。

「ポジションごとに必要な練習をしながら、最終的にチームへまとめていくんです。一口に『ポゼッション練習』と言っても、それが必要な選手と、あんまり必要でない選手がポジションによって分かれますから、時間がもったいない。センターバック(CB)はCB、センターFW(CF)はCFで必要とされる練習がある。それからCBとCFをくっつければ、何かができるかもしれない。サイドの選手はクロスの練習を増やした方が良い。そこから、チームとしてしっかりまとめていく。ドイツがそういう考えになっていると聞きましたが、僕もそうあるべきだと思う。

 このやり方だと個人が伸びますし、選手も『これは自分のための練習だ』と思ってやりますよね。個人が伸びないとチームが伸びません。それをまとめるのは、われわれ(指導者)の仕事です。チームコンセプト、プレースタイル、選手の配置、後はメンタルのコントロールです。心理学の本はいっぱい読んでいます。こっちがどんな顔で言葉をかけるかで、相手が変わるわけじゃないですか。それは、子育ても一緒です」

 心理学の勉強は解説者としても役立っているのではないだろうか?

「はい。何をどう、いつ言うか。そのプレーが『僕から見たらいけないよ』というプレーでも『ダメですね』と(キッパリ断言するように)言うのと、キチンと分析して視聴者に分かりやすく解説して言うのとでは、相手の受け止め方も変わります」

 解説者の仕事は、指導者としての自分を意識しているところもあるはずだ。

「だから、ちょっと(他の解説者と)色が違って、『戸田和幸の解説』となっているんじゃないでしょうか。だけど、僕は指導者になるために腰掛けでやっているわけではなく、解説業をクソ真面目にやってます。逆に“天職”と思う時すらあります。それでも、僕はやっぱり監督をやりたい!」

戸田「僕はこれから20年全力で勝負する」

戸田さんは60歳になるまでの「20年全力で勝負する」と語った 【写真:ロイター/アフロ】

 戸田さんは「60歳になったらグラウンドのあるサッカークラブを持って、子供たちに伸び伸びとサッカーをさせて、そこで嫁さんと喫茶店をやる」と決めている。

「ここに来たら楽しくサッカーができるというクラブです。僕が言う『楽しい』というのは無秩序ではない。サッカーをしながら子供が学べるけれど、教えすぎない。自分が進んでやってみようと思うことの方がずっと大切ですから。グラウンドの名前は『レッドモヒカンフィールド』。ロゴのシルエットも、もう決まってます。これは僕にしか作れない。

 60歳になったら余生ですよ。僕はこれから20年全力で勝負する。今年で僕も成人式を迎えてからもう20年(12月で40歳)。20年なんてあっという間だから、もう時間がないと思います。でも焦ってもしょうがない。急ぎますけれど焦らない。タイミングもあるんでしょうし。ともかく自分をしっかり磨いていくことが大事だと思います」

「自立するサッカー人、戸田和幸」を磨いたあのイタリア旅行から、折り返しのおよそ20年になる。これからの20年間、熱く、クールな指導者として進化を続けながら、戸田さんは戸田さんらしく走り続けるだろう。

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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