引退を決めたフランク・ランパード 寡黙な「史上最高のMF」に感じる“男気”

東本貢司

同輩や評論家たちが「史上最高のMF」と太鼓判

MFながらチェルシー史上最多となる211ゴールを挙げた(写真は2012年) 【写真:Action Images/アフロ】

 筆者の記憶に間違いがなければ、ピッチの上のランパードは終始無表情だった。黙々と、求められた役割をこなし、期待された結果を出し、幾度となく決定的なゴールも決めてきた。ウェスト・ハムのユース、およびアンダーエイジ代表時代のアンカーポジションに始まり、アタッキングおよびディフェンシヴな中盤の要として、いわゆるボックス・トゥ・ボックスのタフなMFとして、陰になり日なたになり八面六臂(ろっぴ)の活躍を見せた。

 そんな雄姿にもしもダブッて映るものがあるとしたら、多分、全盛期のロイ・キーンくらいだろうか。だが、ランパードはキーノ(キーンの愛称)のように闘志と怒りの火花をまき散らすこともなく、レフェリーに食ってかかることもなかった。敵にすごんでみせることもなければ、監督の采配に不満をぶつけることもなかった。

 淡々と、それでいて不退転の気力を持ち前のオールラウンドなスキルに重ね合わせて、01〜14年まで所属した、異邦の猛者がひしめくチェルシーにあって、誰よりもかけがえのない「マストプレーヤー」として確固たる地位を築き上げた。

 そうでなければ、今も破られていないアウトフィールドプレーヤーとしての164試合連続出場や、チェルシー史上最多の全大会合計通算211ゴールの記録が残せたはずがない。圧倒的な統率力で比類のないジェラード、針の穴をも通す正確無比なロング“キル”キッカーのベッカム、あるいは、マクマナマンや今ならギャレス・ベイルのような韋駄天(いだてん)ドリブラーを差し置いてまで、ほぼすべての同輩および評論家たちから「史上最高のMF」と太鼓判を押されるはずがない。

指導者としての代表復帰に、期待が膨らむ

ランパード(左)の指導者としての代表復帰に、期待が膨らむ(写真は2004年) 【Bongarts/Getty Images】

 こんな逸話がある。ある代表の晴れ舞台(確か06年のワールドカップだったと思う)の1つで、ランパードが武運つたなく何度か決定機を逸して敗退した試合後のこと。スタジアムを後にする失意と怒りのイングランドファンの群れの中に、あろうことか、フランク・ランパード・シニア一家もいた。

 息子の失態を見せられた直後のことで、憤まんをぶつける標的にされかねない状況にもかかわらず、仮にも代表歴を持つレジェンドの父親とその家族が、自分たちに混じって肩を落として歩いている。その姿に、ファンたちもふとわれに返ったように、一家を気遣って無言の会釈を投げ掛けたという。

 そのとききっと、彼らにはしみじみと胸に迫るものがあったのだろう。フランク・ランパード・ジュニアの寡黙で断固たる「男気」を、それがなぜか、不運にも空回りしてしまった運命のいたずらについて。

 そして彼らなら信じられるに違いない。いつの日か、コーチングバッジを手に、指揮官の1人としてスリーライオンズに返り咲くランパードなら、きっと何か、かつてないしたたかで熱い感動と成果をもたらしてくれるのではないか、と。

 筆者の胸のうちにも、その期待が膨らんでいることを実感している。

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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