吉田麻也が評価と期待を高めた3つの理由 「このチャンスを長いこと待っていた」

田嶋コウスケ

プレーを“プレミア仕様”に合わせる

プレミアでの5シーズン目を迎えた吉田(右)。DFとして確実にレベルアップしている 【写真:ロイター/アフロ】

 2つ目の理由として、プレミア5季目を迎えた吉田自身の成長がある。ひとつひとつのプレーの精度を高め、DFとしてレベルアップしている。

 例えば、1対1の局面では力強い守備で敵をつぶし、空中戦でもヘッドで跳ね返す。味方が突破されたら素早くカバーリング。危険と感じれば安易に飛び込まず、まずシュートやドリブルのコースを消す。状況判断力が向上し、ミスの数も減った。もちろん、これらはDFの基本タスクだが、その精度を高めることで評価につなげているのだ。

 こうした背景には、プレーを”プレミア仕様”に合わせたことがあると言う。イングランドでのポイントは、「シンプルにプレーすること」(吉田)。その言葉の真意をこう説明する。

「イングランドと日本の評価は基準が違っていると思います。イングランドは『相手に競り勝つ、止める、ブロックする』というクラシックなディフェンスがまず評価されます。逆に(ビルドアップ時に敵の)間にボールを通したからといって、さほど評価されない。

 何にチャレンジしてはいけないか、どういうミスをしたらいけないか。それはミスを繰り返して理解したつもりなので。その土地にあったサッカーをしなければならないし、ここで評価される選手になるためには、そこを意識しなくてはいけない。

(2012年まで在籍したオランダとも)違いますね。イングランドの方がよりクラシカルな守備が求められる。基本的にオランダは後ろからビルドアップするのが伝統なので、それもできるとさらに評価が上がります」

 やるべきこと、やってはいけないことを頭の中で整理し、まずは「シンプルに跳ね返す守備」、「ミスをしないこと」を徹底する。もちろんチャンスと見れば、パスでカウンターの起点になったり、積極果敢に前へ飛び出してインターセプトしたりもするが、イングランドで戦い抜くために優先順位をセーフティ・ファーストに合わせた。その結果、安定感が増したのだ。

 吉田がプレミアで生き抜くすべを身に付けていることは、ピュエル監督の言葉からも伝わってくる。

「マヤは今季、非常に良いシーズンを過ごしている。どの試合でも良いプレーをしているし、集中力も高く、1対1の場面でも競り勝っている。力強いディフェンスができるし、テクニカルなプレーヤーでもある。落ち着きがあり、開幕時と比べても成長した」

キャプテンに抜てきされ、完封勝利に貢献

FA杯3回戦のノリッジ戦ではキャプテンに抜てき。チームの完封勝利にも貢献した 【写真:ロイター/アフロ】

 3つ目の理由が、チーム内における状況の変化である。昨夏の移籍市場からくすぶっていたフォンテの退団話が再燃し、この冬にウエストハムへの移籍が正式に決まった。必然的に、吉田の序列はひとつ上がることになった。

 とはいえ、シーズン前半戦で吉田が好パフォーマンスを維持していなければ、フォンテの退団が認められる前に、代役のセンターバック(CB)を確保していたかもしれない。8試合連続で先発を任されたのは、ピュエル監督が吉田を高く評価しているからでもある。

 実際、吉田を先発起用し、フォンテにベンチ行きを命じた第17節のボーンマス戦(3−1)後、フランス人指揮官は「マヤ、ファン・ダイク、フォンテという質の高い選手がそろっている。チームに3人も偉大なCBがいるのは幸運だ。可能性や解決策がたくさんある」と、吉田への信頼を口にしていた。

 そんな指揮官の評価が形になって表れたのが、1月18日に行われたFAカップ3回戦・再試合のノリッジ戦だった。プレシーズンマッチ以外では「初めて」(吉田)というキャプテンに抜てきされ、1−0の完封勝利に貢献した。

 キャプテンを任された理由について、吉田本人は「(出場した選手の中で)在籍歴が一番長い。年数の順番という感じです」と謙遜した。だが、吉田と同じく12年夏に加入したジェイ・ロドリゲス(27歳)やシェーン・ロング(30歳)といった、吉田(28歳)と同年代のイギリス系選手を差し置いての抜てきであり、日本代表DFのリーダーシップが評価された格好だった。

 ただ、リーダーシップがあるだけでは主将は務まらない。高度な語学力やチームメートの信頼があってこそ、指名されるものだろう。実際、ピュエル監督も「キャプテンにふさわしい」と、吉田を主将に任命した理由を明かしていた。

「余裕だと思ったことはない」

「余裕だと思ったことはない」と吉田。視線はすでにその先へと向けられている 【写真:ロイター/アフロ】

 出場機会が増えた背景には、「フォンテの退団」や「指揮官交代」といった外的要因も確かに存在する。だが同時に、吉田の成長がなければ実現しなかったことも事実である。ベンチを温め続けるという苦況にも屈せず、努力を積み重ねて一歩一歩前進したことで、ここまでたどり着いたのだ。だから吉田は、「(今も)余裕なんて思ったことはないです。いつも危機感に苛まれて生きています」と言う。そして視線は、すでにその先へと向けられている。

「このチャンスを長いこと待っていました。ここで(成功を)つかみ取りたい。(移籍期間を挟む)半年ごとのテストだと思っているので、この半年、僕のサッカーキャリアをかけて、またひとつ勝負かなと思っています」

 ようやく道が開けてきたが、それも吉田にとっては、あくまでも過程のひとつにすぎない。ここからレギュラーの座をいかに維持し、質の高いプレーを続けていくか──。世界最高峰のプレミアリーグで、吉田はさらに前へ進もうとしている。

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著者プロフィール

1976年生まれ。埼玉県さいたま市出身。2001年より英国ロンドン在住。サッカー誌を中心に執筆と翻訳に精を出す。遅ればせながら、インスタグラムを開始

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