葛西と渡部が世界で示す“希少価値” ソチ五輪銀の2人は今何を思うのか!?

小林幸帆

アクシデントに泣かされた昨季

昨季は2位が8度もあった渡部暁斗。アクシデントもあり「苦しいシーズンだった」と語る 【写真:アフロ】

 一方、複合では渡部がW杯総合王者に挑む。過去5シーズンの総合順位は2位、3位、3位、2位、2位と、王者まであと一歩。来季の平昌五輪を迎える上で、今季は頂点を取っておかなければならないシーズンと位置付けている。昨季は不運が重なり不本意な結果に終わっただけに、その思いはなおさら強いはずだ。

 昨季はW杯17試合に出て表彰台に12度も上がったが、優勝には届かず2位が8度。シーズン最終戦のあとにはこうもらした。

「精神的にかなり苦しいシーズンだった。何回も(日本に)帰りたいと思っていた。でも結果が出るから出場し続けなければいけないのは苦しかった」

 開幕戦2位とスロースターターの渡部にとっては上々のスタートを切った昨季。世界トップクラスの走力の持ち主で、後半距離で逆転という勝ちパターンを持つ渡部は、ジャンプがかみ合ったところで勝てるはずだった。

 しかし、1月中旬に練習で転倒し、右手首を負傷したことで暗転。年明けからジャンプは絶好調で前半1位がほぼ指定席となったが、手を使う距離でハンデを背負い、逆転されるはずのないリードが守れずゴール前でかわされる試合が続いた。手首をかばううちにバランスが崩れ、しまいには肩を亜脱臼。シーズン終盤には体調不良でダウンし、2試合の棄権を強いられたことで総合優勝も4季連続でエリック・フレンツェル(ドイツ)の手へと渡った。

実力者止まりでいるわけにはいかない

国別得点4連覇中のドイツにとっても渡部(右)は無視できない存在。その強さを認めて、一緒に集合写真を撮った 【copyright:Flawia Krawczyk】

 アクシデントについてあえて口を開くこともなく、我慢の戦いを続けていた渡部の前に立ちはだかったのが、2位に終わった8戦のうち7戦で優勝をさらったドイツチームの面々だった。

 W杯国別得点で4連覇中のドイツにとって、たった1人で立ち向かってくる渡部は無視できない存在。それがよく分かる出来事があった。試合後に記念撮影を始めたドイツチームが、会場から引き上げる渡部を「アキト! アキト!」と呼び止め、集合写真に入るよう誘ったのだ。仲良く写真に収まったライバルたちを、渡部は「毎回毎回ジャマしやがって」と笑い飛ばすが、それもお互いに認めているからこそ。

 実力者たちと対等な良い関係を築いているのも渡部の強みだ。駆け引きしながら進むレースでは集団を交代で引っ張ってペースを作る協力関係がある一方で、走力のない選手は排除されてしまう。遅い選手を間に入れてしまうと集団がちぎれ、ペースダウンにつながるからだ。さらに、強引な走りもご法度で、時には熱くなりすぎて相手を転倒させてしまうこともあるという。渡部もW杯に出始めた頃は、前に出て文句を言われることもあったそうだが、今は「僕は走力もあって紳士的だから、『どうぞどうぞ』って(入れてくれる)」と話す。 

 ジャンプの瞬発力と距離の持久力が求められる複合。両立は簡単ではないが、子どもの頃からそこにこだわってきた渡部は、両方を高いレベルでこなせる数少ない選手で、希少な存在だ。それでも、いつまでも実力者止まりでいるわけにはいかない。今季は2月末からの世界選手権金メダルとW杯総合優勝のビッグタイトル2つが待ち受ける。

「僕は五輪の前に世界チャンピオンになっておかないといけない。僕からすれば、世界チャンピオンでもない選手が五輪で金を取っても、それはまぐれなんです。世界選手権の金かW杯個人総合を取って来季につなげていきたい」

「つかんでいく運」と「文句なしの順当勝ち」。葛西、渡部ともにアプローチの方法は異なるが、目指すゴールは同じ。ノルディックスキーの本場で存在感を発揮してきた2人が、それぞれのやり方で長丁場のシーズンに挑む。

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著者プロフィール

1975年生まれ。東京都出身。京都大学総合人間学部卒。在学中に留学先のドイツでハイティーン女子から火がついた「スキージャンプブーム」に遭遇。そこに乗っかり、現地観戦の楽しみとドイツ語を覚える。1年半の会社員生活を経て2004 年に再渡独し、まずはサッカーのちにジャンプの取材を始める。2010年に帰国後は、スキーの取材を続けながら通訳翻訳者として修業中。

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