葛西と渡部が世界で示す“希少価値” ソチ五輪銀の2人は今何を思うのか!?

小林幸帆
 ノルディックスキーのワールドカップ(W杯)はフィンランドのルカで25日のジャンプ男子から開幕する。週末の大会が終わればそそくさ家路へと急ぐ欧州勢とは違い、日本チームにとっては長い旅の始まり。時には2カ月も続く転戦の中、世界のトップで戦っているのが、2014年のソチ五輪で共に銀メダルを獲得したジャンプの葛西紀明(土屋ホーム)と複合の渡部暁斗(北野建設)だ。来季に迫った平昌五輪で金メダルを狙う2人が今季目指すものとは何なのか。

最年長優勝を更新して平昌へ

昨季は最年長表彰台記録を更新したものの、W杯での勝利は逃した。来季に迫った平昌五輪へ、葛西紀明(右)の今季に懸ける思いは強い 【写真:NTB Scanpix/ロイター/アフロ】

「ワクワクする」。そう言い残し、葛西は開幕戦の舞台となるフィンランドへと発った。昨季のW杯では3位に5度入り、自身の最年長表彰台記録を更新。しかし、3季連続のW杯勝利は逃した。

 迎える今季は「W杯の最年長優勝記録更新」と「世界選手権での金メダル」という目標があり、その先には「平昌五輪で金メダル」、さらなる先には「50歳まで現役」がある。44歳になっても勝負へのギラギラした思いが変わらないのは、まだまだ先に目指す道が見えているから。

 長野五輪(1998年)の団体でメンバーから外れ、金メダルを逃した悔しさを原動力にしてきたが、その悔しさはソチの銀でも晴らせていないという。「平昌で金」には、人一倍の負けず嫌いを認める葛西の、金の借りは少なくとも金でという思いがあるはずだ。

 もちろん、そこには手応えもある。 

「まだ自分の力を100パーセント出せたという感じはない。ソチも90パーセントくらいという感じ。次の五輪で完璧なジャンプが2本そろうかもしれないし、最高の風がきて飛距離が伸びるかもしれない。この調子を維持していけば、金メダルも運良く取れるのではないかと思う」

 まだ上にいける自信プラス「運」としたが、奇跡的な復活を遂げた3年前のソチ五輪シーズンは、W杯序盤で表彰台争いをして五輪前に優勝という思い描いたプランを見事に実現させ、銀メダルを手に入れている。そう考えると、その「運」は計算できるものに近いのかもしれない。

一発勝負で「シギオちゃん」卒業

成績だけではなく、その戦い方も突き抜けている。最近は力を集中させるために、試技では飛ばずぶっつけ本番で登場することもある 【写真:NTB Scanpix/ロイター/アフロ】

 では「平昌で金」と公言する葛西を、ライバル選手たちはどう見ているのか。よく聞くのが「Phenomenon!(超人という意味)」という言葉。そう呼ばれるのは、年齢度外視の成績に加え、その戦い方も突き抜けているからだ。

 W杯は前日に練習と予選、当日に試技1本を飛んで本戦に入る。どの選手も、限られた本数で助走路や踏切の感覚をつかもうとするが、総合10位以内で予選免除の葛西が飛ぶのはせいぜい試技のみ。20年を超える競技生活の中で、「スタートの重心や目線の位置、膝の角度とか風の向き。いろいろ考えると頭が疲れる」ことに気づき、今では力を集中させるために本番から登場することさえある。

 若い頃、試技では好ジャンプを見せていたものの、肝心の本番は緊張で力が出し切れないことから「シギオちゃん」と呼ばれた葛西が、世界トップに返り咲いた3年前から編み出したのが、この本番勝負のやり方だ。

 ただ、これは葛西自身「経験がないから、僕と同じようにはできない」と言うように、他の選手がおいそれとまねできるものではない。今年2月末のアルマトイ(カザフスタン)大会では、初めて飛ぶ台で正真正銘のぶっつけ本番を敢行し10位に滑り込んだが、海外の選手たちは「1本も飛ばないなんてクレィジーだよ……」とあきれ半分だったという。そんな離れ業ができるのも、多くの選手が生まれる前の1988年からW杯で戦い、どんな台にも対応できるジャンプが完成されているからだろう。

 直近3シーズンは10季ぶりのW杯優勝と五輪銀メダルから始まって、最年長優勝記録の更新、前人未到のW杯500試合出場と偉業を達成してきた。今季はシーズン前の大会で目立った成績が残せなかったが「何とかする」。経験は何よりの自信につながっている。

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著者プロフィール

1975年生まれ。東京都出身。京都大学総合人間学部卒。在学中に留学先のドイツでハイティーン女子から火がついた「スキージャンプブーム」に遭遇。そこに乗っかり、現地観戦の楽しみとドイツ語を覚える。1年半の会社員生活を経て2004 年に再渡独し、まずはサッカーのちにジャンプの取材を始める。2010年に帰国後は、スキーの取材を続けながら通訳翻訳者として修業中。

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