チームの絆が結実して獲得した銅メダル 葛西、94年の銀より「数倍うれしい」

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ジャンプ団体で銅メダルを獲得した(左から)清水、竹内、伊東、葛西。満身創痍ながら4人とも安定したジャンプを見せた=ソチ 【写真は共同】

 ソチ冬季五輪のノルディックスキー男子ジャンプ・ラージヒル団体が17日(現地時間、以下同)、当地のルスキエ・ゴルキ・ジャンピング・センターで行われ、葛西紀明(土屋ホーム)、竹内択(北野建設)、伊東大貴、清水礼留飛(ともに雪印メグミルク)の日本チームは、チーム合計1024.9点で3位に入り、銅メダルを獲得した。団体でのメダル獲得は1998年長野五輪の金メダル以来となる。

竹内は病気、葛西、伊東も故障を抱える

 日本チームにとっては満身創痍(そうい)の銅メダル獲得だった。

 男子ラージヒル個人では、葛西の銀メダルを筆頭に、伊東が9位、清水が10位、竹内が13位と、4人全員が上位に顔をそろえた。2本目を飛ぶことができる30位以内に4人が入った国は日本が唯一で、この結果から団体での金メダル獲得に期待が膨らんだ。

 しかしラージヒル個人が行われた15日は、不安定な風の影響もあり、トーマス・モルゲンシュテルン、トーマス・ディートハルト(ともにオーストリア)、アンドレアス・ヴェリンガー(ドイツ)といった今季のワールドカップ(W杯)優勝者が1本目で脱落。もし風がなければ、上位に来ていてもおかしくなかった。各国の実力は拮抗(きっこう)しており、団体も楽観視できる状況ではなかった。

 さらに日本チームは、葛西、竹内、伊東がそれぞれ不安を抱えており、順風満帆とはいかなかった。特に竹内は、団体戦後の会見で告白するのだが、『チャーグ・ストラウス症候群』という難病指定の病気を患っている可能性が高い。「かなり強い薬を飲んでいるので、筋力も落ちている」と、今シーズン序盤のW杯で表彰台(2013年12月7日のリレハンメル大会で2位)に上っていた好調時からは程遠い状態で団体戦を迎えていた。

 そして葛西は腰、伊東は左ひざに痛みを抱えており、「自分たちが今できる最高のパフォーマンスを出せるように徹する」(伊東)しかなかった。

清水の躍進と竹内、伊東の意地が見えた

 その中で奮起したのが、チーム最年少21歳の清水だった。日本チームの1番手を任され、「切り込み隊長なので、リスクを背負うぐらいじゃないと金は狙えないなと思っていた。とにかく思い切って飛ぶことだけを意識した」と語ったように、1本目は132.5メートルを飛び、1番手としてはノーマルヒル銅メダリストでノルウェーのエースであるアンデシュ・バーダルに次ぐ記録となる127.8点を獲得。2本目も131.5メートルで132.6点と、2本合計でもバーダルの272.5点に次ぐ260.4点で先鋒としての役割を十分に果たした。

「ノーマルとラージ、そして団体と、ステップバイステップでどんどん良いジャンプができ、五輪で自分のジャンプができたことのうれしさと、成長できたかなという思いがあります」と語り、個人としても満足のいく結果となった。

 2番手となった竹内は、本番前の公式練習で112.5メートルとジャンプを失敗しており、本番に向けて不安がよぎった。しかし、「今までこの台でやってきたことを繰り返してやろう、あまり欲を出さないで飛ぼう」と、今できる精いっぱいのジャンプを心がけ、2本ともK点(=125メートル)越えのジャンプ(1本目:127.0メートル、2本目:130.0メートル)をそろえ、なんとかメダル争いに食らいついた。

「僕みたいにあきらめないで頑張れば、信じていればメダルが取れるんだということを伝えたかったので、今日メダルを取って、みんなに勇気を与えられて良かった」と涙ながらに語った竹内の言葉には、メダルに懸ける強い意志を感じ取れた。

 3番手を飛んだ伊東も、2006年のトリノ五輪で団体6位、10年バンクーバー五輪で同5位と、メダルに届かなかった雪辱を誓い、今回の団体を戦った。各国の強豪が居そろう3番手の中で、1本目は130.5メートルを飛び、オーストリアのディートハルトに次ぐ130.3点、2本目も「着地した時から痛めていた左ひざがすごく痛く、転倒ラインを越えれば転んでもいいかなと思ったので、なんとか耐えました」と飛型点を落とさないよう痛みに耐え、132.0メートルで127.0点のジャンプを決めた。

「絶対に悔いのないように、強い気持ちを持ち続けていたので、今持っている力を出し切れた。3度目の五輪にして初めて悔いのない五輪が過ごせた」と、納得の表情を見せた。

すべてK点越えの安定したジャンプ

 そして全員の気持ちを背負ってアンカーを務めた葛西。個人で銀メダルを獲得したことで自身の悲願を達成していたが、団体にはそれ以上の思いがあった。

「今日の朝からずっと(試合を)イメージして、イメージしている時から泣いていました。1本目を飛んだ後も、択や大貴の気持ちを考えると涙が止まらなかったし、礼留飛がひと一倍練習していることも知っていた。その若い後輩たちに絶対にメダルを取らせてあげたいという気持ちだった」と、エースとしてチームを引っ張るだけでなく、後輩たちのためにしっかり結果を残したいという気持ちがあった。

 4番手には、個人2冠のカミル・ストッフ(ポーランド)、ノーマルヒルで銀メダル、ラージヒルで銅メダルを獲得したペテル・プレヴツ(スロベニア)、W杯最多勝利記録を持つグレゴア・シュリーレンツァウアー(オーストリア)と、今季の世界ランキングで上位を占める選手たちがそろう。その中で葛西は、「主将として、W杯でも優勝して、総合でも3位につけています。そういう責任というか、自分の任務がある」と、この順番の役割を果たすことを当然と考え、1本目はストッフらを上回る131.5点(134.0メートル)を獲得。そして2本目では、134.0メートルを飛び、137.3点と1本目よりも高い得点をたたき出し、銅メダルを確定させた。

「ここまできたら何色でもいいので、絶対にメダルを取らせてあげたいという気持ちでした。飛び終わって泣くのを我慢していましたが、択の病気のこととか、大貴のひざのこと、そういう痛みを押し殺して出場したり、択は入院していて、やっと調子を少し上げて、W杯の開幕戦よりも全然調子は落ちていますが、そんな中でも一緒に飛べて、一緒にメダルを取れたことがうれしくて泣けてしまいました」と語り、今回のメダルが「(リレハンメル五輪の団体で獲得した銀メダルよりも)数倍うれしい」と、喜びをかみしめた。

 結果だけを見ると、メダルを獲得した要因は、4人が飛んだ計8本のジャンプすべてでK点を越えるジャンプをそろえ、ミスがなかったことが挙げられる(4位のポーランド、5位のスロベニアは、それぞれ1人ずつ、K点越えを果たせない選手がいた)。

 満身創痍だった日本チームがミスを生まなかった理由は、「みんなで力を合わせて取れた団体の銅メダル」(葛西)、「葛西さんが引っ張ってくれたので、僕のポジションは、自分のジャンプを一生懸命するだけだった」(竹内)、「年齢の幅は広いですけど、みんなしっかりコミュニケーションを取れていて、今までにないぐらい良いチーム」(伊東)、「試合が始まる前にみんなで手を中心に集めて、守らないで思い切って自分たちのジャンプができるように頑張ろうと円陣を組んで、気が引き締まった」(清水)と、それぞれ語っている。年齢を越えた絆が選手同士にあり、各自の役割をしっかり果たせたことが大きな成果をもたらした。

<了>

(取材・文:尾柴広紀/スポーツナビ)
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