「猪木vsアリ」「夢のオールスター戦」秘話“過激な仕掛け人”新間寿独占インタビュー

幻の「8・26夢のオールスター戦」上映が決定

「8.26夢のオールスター戦」で猪木・馬場のBI砲タッグを実現させた交渉術 【「10・7昭和の新日本プロレスが蘇る日」実行委員会】

 上映会では猪木をはじめ、坂口征二、藤波辰爾、長州力、タイガーマスクほか昭和史に残る名勝負を一挙に公開するとともに幻の「8.26夢のオールスター戦」も上映される。三団体の選手が一同のもとに会し、さらに猪木・馬場のBI砲タッグ。東京スポーツ新聞社の20周年記念行事でなければ、絶対にできなかったのが「8.26夢のオールスター戦」。それだけでも素晴らしい記念日となりそうである。さて、そのオールスター戦の裏舞台も気になる。それは団体間の競争でもあったからだ。特に新間の交渉力は新日本という“愛国心”から生まれた強いものだった。

「要するに馬場さんが、うんと返事をしなかった。これまで執拗に馬場さんに対して私とアントニオ猪木は『挑戦』してきた。三団体のオールスターをやるんなら、そういう方向性をあらためてくれと。だから私は馬場さんに『不愉快な言動をしたことについては申し訳なかったと思っています。謝罪させていただきます』と馬場さんに頭を下げたんですよ。馬場さんも、そういうことならということで正式に記者会見が行なわれた。これには新日本から立会人として二階堂進コミッショナー、全日本からはPWFのロード・ブレアーズ会長、そして東スポ本山社長が立った。さあ、それからですよ。経費とかキップの販売もありますし、テレビ放送とかね。
 テレ朝の新日本の放送は金曜日。馬場さんのところの日本テレビは土曜日放送。テレビ同士の話し合いがまったくつかない。テレビの問題はテレビ同士で解決してくれということになった。あとは経費とかマッチメークの問題。だから分業にしましたよ。テレビ放送問題はテレビで。マッチメークに関しては馬場、猪木、吉原社長の三者で決める。会場の件に関しては、私と全日本の米沢、国際の鈴木。そして東スポの櫻井さんの4人で決めましょうとなった。で、東スポに行って、その会議を行なうことになった。櫻井さんが会議の前に「新間さん、どういう形を考えている? 高橋さん(東スポの高橋編集局長)に事前に言っておくから」と聞いてきた。だから私はこう言った。
『櫻井さん、私は一歩下がって5割欲しい。新日本が5で全日本が3、国際が2だ。いま、一番、団体として勢いがあるのは新日本だから。しかし、今回、馬場さんのオールスター戦に気持ちよく引き受けてくれたことに対して、誠意をみせなきゃいけない。だから、キップの配分は4:4:2という形でどうですか』と言った。それで売り場も新日本、全日本、国際の売り場を決めて分けようということを提案した。そのあとで三者(新間、米沢、鈴木)が集まった。

 でね、私が「キップの配分を4:4:2だと言ったら、国際の鈴木が立ち上がって猛反対。『冗談じゃない。オールスターというからには3団体が出るんだから平等にやってほしい』と。
 しかし、私は新日本の代表として言いましたよ。『じゃあ、公平、公正というところから、いまの新日本、全日本に太刀打ちできるんですか。観客動員や雑誌や新聞の紙面の取り扱いからしても国際は少ないじゃないかと。どういうふうにみても4:4:2の割合でしかないじゃないですか。私からすれば国際の割合は1でもいいが吉原社長に敬意を表して2と言っているんですよ』と話した。結果的に私が仕切る形で4:4:2の割合となったんです」。あらためて思うけど、私の喧嘩というのは私利私欲じゃない。すべてアントニオ猪木と新日本のための喧嘩だった。だから意見が通ったんだと思うんだよ。

 同大会ではBI砲が結成されたが、その中で新間は馬場よりも猪木の人気があるようにするために作戦を考えた。
「入場はアントニオ猪木が先。馬場さんがあとということで新日本は承知した。ヨーシ、それなら声援だけは馬場さんに勝ってやろうと思ったんだよ。それでうちの息子を呼んで応援のアルバイトを集めてこいと。40人くらいアルバイトが集まった。入場の時はそれほど猪木コールはなかったけど、ブッチャーとやり始めたら『イノキ、イノキ』の大コールですよ。馬場さんの時は静かなもんですよ(笑)。しかし、あとで息子がバイトにお金を払っているのを見つかってね。馬場さんが東スポに『新間はアルバイトにお金渡して声援させていた』と文句を言った。しかし、東スポの高橋編集局長は『そんだけ新間は猪木と新日本のことを思っているんだ。一枚上手だったな』ということで終わったんだ」

金曜夜に「昭和の新日本プロレス」が蘇る

試合映像をバックに坂口、藤波、タイガーが語り合う 【「10・7昭和の新日本プロレスが蘇る日」実行委員会】

 トークバトルは試合映像をバックに語り合うが、全体の司会進行はテレビ朝日「ワールドプロレスリング」のアナウンサーで昭和の新日本プロレスの語り部・舟橋慶一氏。そして坂口、藤波、タイガー、小林邦、北沢など各氏が登場。

「6メートル40センチのリングの中には語りつくせないくらいの夢があり、嫉妬もあり、怒りも、悲しみも、喜びも数知れずあった。それが昭和の新日本プロレスだった。映像をバックに選手たちと当時の心境や裏話を聞こうじゃないか。
 それと言っておきたいことがあるんだ。最近、よく猪木イズムという。違うよ。私たちの時代は猪木イズムなんて言わなかった。燃えよ闘魂だったんだ。そして新日本は燃える闘魂だった。その闘魂というのは喧嘩という挑戦する心だったと思う。
 アリ戦が終わった時の私の家族は恐々と遠くから私を見ているような気がしたんだ。私は燃えてボロボロになっていたからね。しかし、絶対に燃え尽きなかった。また蘇ってきた。燃えよ闘魂とは燃え続ける闘魂のことなんだ。

 いまになって、過去を振り返ることができたけれども、これまで家族を巻き込んできたけど、わが妻はこうして81歳になった私がいまも「10・7昭和の新日本プロレスが蘇る日」を開催して青春時代を蘇らせて、元気な姿を見ているのが楽しみのはずですよ。
 10月7日は金曜日。昭和のワールドプロレスリングは金曜夜8時からでした。さらに1957年(昭和32年)10月7日は後楽園球場でアントニオ猪木の師匠である力道山とルー・テーズの世界選手権があった記念すべき日。この記念すべき日にみなさんも私と一緒に元気いっぱい昭和の新日本プロレスを分かち合い、楽しんでください!」

【「10・7昭和の新日本プロレスが蘇る日」実行委員会】

■「10・7昭和の新日本プロレスが蘇る日」
10月7日(金)東京・後楽園ホール 開場17:30 開始18:30

内容
1:名勝負物語(大上映会)
テレビ朝日全面協力のもと、アントニオ猪木をはじめ坂口征二、藤波辰巳(当時)、長州力、タイガーマスクほか、昭和の新日本プロレスの歴史に残る名勝負を一挙に公開。
2:言えんのか!トークバトル
昭和の新日本プロレスを彩った名選手たちが登場し、自らの試合映像をバックに“あの頃”を振り返るトークショー。“ヤバイ”話にこうご期待!
3:プロレスお宝展示
当時各地でおこなわれた興行ポスター、伝説のベルト、トロフィーや選手愛用の品々など、当時を思い起こさせるお宝グッズを展示。
4:交流イベント
サインボール投げ、レジェンドレスラー達との撮影会(抽選)など来場ファンとの交流イベントを計画中。
5:昭和を駆け抜けた名選手たちへのレクイエム「20カウントゴング」
力道山、モハメド・アリ、ブルーザー・ブロディ、アンドレ・ザ・ジャイアント、星野勘太郎、山本小鉄ほか鬼籍に入った昭和の各選手たちへの想いを込めて、昭和プロレスの証言者たちがゴングを鳴らす。
※内容は変更となる場合もございますのでご了承ください。

<来場予定選手>
▼坂口征二
▼藤波辰爾
▼初代タイガーマスク(佐山サトル)
▼小林邦明
▼グラン浜田
▼北沢幹之
ほか。

<スタッフ>
▼実行委員長:新間寿(しんま・ひさし)
元新日本プロレス専務取締役兼営業本部長/元WWF会長/現・新間事務所代表取締役社長/初代タイガーマスク基金顧問会会長
▼共同実行委員長:松永修岳(まつなが・しゅうがく)
初代タイガーマスク基金運営代表/(社)日本建築医学協会理事長
▼共同実行委員長:大倉満(おおくら・みつる)
初代タイガーマスク後援会理事長
▼大塚直暉(おおつか・なおき)
元新日本プロレス営業部長/元ジャパンプロレス社長
<アナウンサー>
▼司会&進行:舟橋慶一(ふなばし・けいいち)
元日本教育テレビ・テレビ朝日アナウンサー/現在特定非営利活動法人エコです環境応援団副理事長/環境省認定環境カウンセラー/自然との共生塾主宰

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