岩政大樹の凱旋は見られなかったけれど 天皇杯漫遊記2016 鹿島vs.岡山

宇都宮徹壱

鹿島の不安定な守備を突いて岡山が先制!

ゴール裏を埋め尽くす鹿島のサポーター。この日、岩政の凱旋は実現せず 【宇都宮徹壱】

 この日の岡山は、前述のとおり岩政はベンチ外となったが、鹿島で3シーズンプレーして岡山に期限付き移籍している豊川雄太がスタメン出場となった。直近のリーグ戦に続いてスタメン出場しているのは、ゲームキャプテンの竹田忠嗣と片山瑛一の2名のみ。対する鹿島は、昌子源から植田直通に代わった以外、5日前のリーグ戦とまったく同じメンバーである。ちなみに豊川と植田は、熊本県立大津高校の同期で、共に13年に鹿島に入団。この天皇杯という舞台で、久々にマッチアップできるのは互いに望むところであろう。なおこの試合では、日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督が、鹿島の金崎夢生を視察するために訪れていた。

 試合前から降り続く雨は、その後も止むこと無く、風にあおられて霧のような状態となっていた。足元がスリッピーな上に雨が目に入り、ピッチに立つ選手はかなりやりづらいコンディションだったはずだ。そんな中、3バックの岡山は格上の鹿島が相手ということもあり、両ウイングが最終ラインに吸収されて5バックになる時間帯が続いた。ただし、鹿島が圧倒しているかといえば、決してそんなことはない。むしろ岡山の素早い寄せとスペースを正確に埋める動きに戸惑い、パスの送り先を探るようなプレーばかりが目につく。

 一方、守備についても前半の鹿島は不安定であった。特にこの日、センターバック(CB)でコンビを組んだ植田とブエノは、今季のリーグ戦で一緒にプレーしたのはわずかに2試合(うち1試合は11分)。コンビネーションに難があるのは明らかな上に、石井監督が期待していた「(CBからの)ビルドアップと素早い展開」もなかなか見られない。そうこうするうちに12分、豊川にボールを奪われたブエノがペナルティーエリアで相手を倒してしまう。幸い、主審の判定はノーホイッスルであったが、鹿島にとってはヒヤリとさせられたシーンであった。

 その10分後の前半22分、ついに岡山のカウンターが均衡を破る。DFキム・ジンギュからのロングパスを受けた藤本佳希がドリブルで加速。マーカーのブエノを巧みにかわし、そのまま左足を振り切ってゴール右隅に突き刺す。何と、アウェーで格下の岡山が先制! しかし、その後も挑戦者は気を緩めることはなかった。前線からの積極的なプレス、そしてバイタルエリアでの身体を張った守備が奏功し、前半の相手のシュート数をわずか2本に抑えた。あまりの不甲斐ない展開に、前半終了後、鹿島のゴール裏からブーイングが発せられたのも当然といえよう。

「試合に出なくて、少しホッとしているところもあります」

試合後のインタビューに応える鹿島の石井監督。その表情は安堵感でいっぱい 【宇都宮徹壱】

 後半、鹿島はすぐにテコ入れをしてきた。まず、前線であまり機能しなかった赤崎秀平に代わって、若い鈴木を投入。併せて「サイドチェンジの意識を高く持って、相手を揺さぶる」(石井監督)ことを徹底させた。ピッチコンディションの悪さを考えるなら、ロングボールによる揺さぶりは確かに有効だった。これに対して岡山は、自陣での粘り強い守備で辛うじて対抗するが、次第に相手の包囲網は狭まってゆく。

 そして後半15分、ついに鹿島が追いつく。混戦からブロックしたボールを、ハーフウエーラインで鈴木が巧みに身体を入れて左サイドにさばき、これを拾った永木亮太が相手のプレスを受ける前にミドルシュートを放つ。当人いわく「相手に当たってコースが変わってラッキー」というシュートは、ループがかった軌道を描いてゴールイン。同点に追いついた鹿島は、その後は慌てることなく老獪にゲームを進め、後半43分には右サイドの展開から相手のオウンゴールを誘って逆転に成功する。ファイナルスコア、2−1。多くの課題を残しながらも、しっかり勝ちきったという意味では、いかにも鹿島らしい勝利であった。

 試合後の会見。岡山の長澤徹監督は「われわれも、こういう(鹿島のような)クラブになりたいという夢を持っている。もっともっと(チーム力を)上げていかなければ」と、相手との彼我の差をかみしめた。天皇杯とは、カテゴリーが上の相手と真剣勝負ができる貴重な場ではある。だが今の岡山にとって、鹿島は単なる憧れではなく、むしろ「自分たちがJ1クラブとなって対戦したい相手」と映っているようだ。今回、あえて岩政をベンチ外としたもの、そのための苦渋の選択だったと思えば合点がいく。加えていえば、この日の岡山のディフェンスラインは、主軸の不在にもかかわらずよく健闘したとも思う。

 カシマスタジアムから東京駅に戻るバスの中でPCを開く。すると、試合終了直後に岩政が自身のブログを更新していた。以下、個人的に気になった箇所を引用する。

「この試合を私も楽しみにしていたことは隠せません。(中略)試合に出なくて、少しホッとしているところもあります。やはりまだ私の中で、カシマに敵として乗り込み、鹿島を敵として構えるには、覚悟が足りていない気がします。それはやはり、この対戦をJ1に昇格して、J1の舞台で迎えることが、私にとっての目標だったからだと思います」

 いかにも岩政らしい、実直な考え方だと思った。確かにこの日、彼の姿がピッチ上で見られなかったのは残念であった。とはいえ「J1に昇格した」岡山の岩政大樹として相対するほうが、鹿島のサポーターにはより感慨深く、かつてのレジェンドを迎え入れることができるはずだ。岩政の目標が果たされた時には、ぜひまたカシマスタジアムを再訪したいと思う。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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