岩政大樹の凱旋は見られなかったけれど 天皇杯漫遊記2016 鹿島vs.岡山
鹿島の不安定な守備を突いて岡山が先制!
ゴール裏を埋め尽くす鹿島のサポーター。この日、岩政の凱旋は実現せず 【宇都宮徹壱】
試合前から降り続く雨は、その後も止むこと無く、風にあおられて霧のような状態となっていた。足元がスリッピーな上に雨が目に入り、ピッチに立つ選手はかなりやりづらいコンディションだったはずだ。そんな中、3バックの岡山は格上の鹿島が相手ということもあり、両ウイングが最終ラインに吸収されて5バックになる時間帯が続いた。ただし、鹿島が圧倒しているかといえば、決してそんなことはない。むしろ岡山の素早い寄せとスペースを正確に埋める動きに戸惑い、パスの送り先を探るようなプレーばかりが目につく。
一方、守備についても前半の鹿島は不安定であった。特にこの日、センターバック(CB)でコンビを組んだ植田とブエノは、今季のリーグ戦で一緒にプレーしたのはわずかに2試合(うち1試合は11分)。コンビネーションに難があるのは明らかな上に、石井監督が期待していた「(CBからの)ビルドアップと素早い展開」もなかなか見られない。そうこうするうちに12分、豊川にボールを奪われたブエノがペナルティーエリアで相手を倒してしまう。幸い、主審の判定はノーホイッスルであったが、鹿島にとってはヒヤリとさせられたシーンであった。
その10分後の前半22分、ついに岡山のカウンターが均衡を破る。DFキム・ジンギュからのロングパスを受けた藤本佳希がドリブルで加速。マーカーのブエノを巧みにかわし、そのまま左足を振り切ってゴール右隅に突き刺す。何と、アウェーで格下の岡山が先制! しかし、その後も挑戦者は気を緩めることはなかった。前線からの積極的なプレス、そしてバイタルエリアでの身体を張った守備が奏功し、前半の相手のシュート数をわずか2本に抑えた。あまりの不甲斐ない展開に、前半終了後、鹿島のゴール裏からブーイングが発せられたのも当然といえよう。
「試合に出なくて、少しホッとしているところもあります」
試合後のインタビューに応える鹿島の石井監督。その表情は安堵感でいっぱい 【宇都宮徹壱】
そして後半15分、ついに鹿島が追いつく。混戦からブロックしたボールを、ハーフウエーラインで鈴木が巧みに身体を入れて左サイドにさばき、これを拾った永木亮太が相手のプレスを受ける前にミドルシュートを放つ。当人いわく「相手に当たってコースが変わってラッキー」というシュートは、ループがかった軌道を描いてゴールイン。同点に追いついた鹿島は、その後は慌てることなく老獪にゲームを進め、後半43分には右サイドの展開から相手のオウンゴールを誘って逆転に成功する。ファイナルスコア、2−1。多くの課題を残しながらも、しっかり勝ちきったという意味では、いかにも鹿島らしい勝利であった。
試合後の会見。岡山の長澤徹監督は「われわれも、こういう(鹿島のような)クラブになりたいという夢を持っている。もっともっと(チーム力を)上げていかなければ」と、相手との彼我の差をかみしめた。天皇杯とは、カテゴリーが上の相手と真剣勝負ができる貴重な場ではある。だが今の岡山にとって、鹿島は単なる憧れではなく、むしろ「自分たちがJ1クラブとなって対戦したい相手」と映っているようだ。今回、あえて岩政をベンチ外としたもの、そのための苦渋の選択だったと思えば合点がいく。加えていえば、この日の岡山のディフェンスラインは、主軸の不在にもかかわらずよく健闘したとも思う。
カシマスタジアムから東京駅に戻るバスの中でPCを開く。すると、試合終了直後に岩政が自身のブログを更新していた。以下、個人的に気になった箇所を引用する。
「この試合を私も楽しみにしていたことは隠せません。(中略)試合に出なくて、少しホッとしているところもあります。やはりまだ私の中で、カシマに敵として乗り込み、鹿島を敵として構えるには、覚悟が足りていない気がします。それはやはり、この対戦をJ1に昇格して、J1の舞台で迎えることが、私にとっての目標だったからだと思います」
いかにも岩政らしい、実直な考え方だと思った。確かにこの日、彼の姿がピッチ上で見られなかったのは残念であった。とはいえ「J1に昇格した」岡山の岩政大樹として相対するほうが、鹿島のサポーターにはより感慨深く、かつてのレジェンドを迎え入れることができるはずだ。岩政の目標が果たされた時には、ぜひまたカシマスタジアムを再訪したいと思う。