岩政大樹の凱旋は見られなかったけれど 天皇杯漫遊記2016 鹿島vs.岡山

宇都宮徹壱

「5291人」という入場者数をどう見るか?

久々に訪れたカシマスタジアムは雨模様。前景のジーコの像も少し寂しそう 【宇都宮徹壱】

 台風16号はすでに温帯低気圧となって列島から去ったものの、北海道以外は全国的に雨に見舞われた22日の秋分の日。この日、各地で天皇杯3回戦が行われた。今回、私が選んだのは、茨城県立カシマサッカースタジアムで15時キックオフの鹿島アントラーズ(J1)対ファジアーノ岡山(J2)。久々に東京駅から出る高速バスに乗って、車窓に打ち付ける激しい雨とタイヤが放つ水しぶきを眺めながら、無事に目的地に到着することをひたすら祈った。

 さて、今回のカードに触れる前に、まずは9月6日と7日に行われた2回戦について振り返ることにしたい。ちょうど代表戦とバッティングしていたので、残念ながら私は試合結果しか知らない。その後、J2のレノファ山口がJ1のアビスパ福岡に対し、PK戦の末に劇的な勝利を収めた映像を録画で見て、何とも口惜しい気分になった。この試合以外にも、6日にはJFLのHonda FC(静岡)がJ2の松本山雅を、そしてJ3の長野パルセイロがJ1の名古屋グランパスをそれぞれ破るアップセットを演じている。この3回戦では、カップ戦の醍醐味(だいごみ)を感じさせる試合が、どれだけ見られるだろうか。

 キックオフ90分前、バスは無事にカシマスタジアムに到着。運転手と係員が「お客さん、どんな感じ?」「意外とチケット、売れているみたいです」といったやりとりをしているのが聞こえる。のちに発表された公式記録によれば、この日の入場者数は5291人。3回戦12試合の中では4番目に多い。もちろん普段のリーグ戦には遠く及ばないが、カードと天候を考慮するなら決して悪くない数字だと思う。思うに、鹿島サポーターのロイヤリティー(忠誠心)もさることながら、岩政大樹の帰還を期待するファンも少なくなかったのではないか。

 2004年の入団以来、10シーズンにわたり鹿島の守備の要(かなめ)として活躍した岩政は、13年に自らの意思で退団。その後、タイ・プレミアリーグのBECテロ・サーサナを経て、15年からは「岡山の岩政」となった。今季は1試合を除いて、リーグ戦ではすべての試合にスタメン・フル出場しているが、この日は何とベンチ外。岡山としては、J1昇格が懸かる残りのリーグ戦を考慮して、ディフェンスリーダーの温存を選択したのだろう。いささか残念ではあるが、この時期の天皇杯では「想定内」と割り切るしかないだろう。

「将来、日本一のクラブになること」を目指す岡山

 試合前、メディアセンターで鹿島の公式サイトを覗いてみる。トップページの目立つところに「25TH ANNIVERSARY」として、クラブ創設25周年記念誌のバナーが貼られてあった。「そうか、もう四半世紀なのか」と、少しばかり感慨を覚える。Jリーグ開幕の1993年に加盟した10クラブ、通称「オリジナル10」。その多くが今年25周年の節目を迎える中、鹿島は今も「最も成功したクラブ」としての歩みを続けている。

 たとえば、この日のメンバーリスト。スタッフは石井正忠監督をはじめ、大岩剛コーチ、古川昌明GKコーチ、いずれも鹿島のOBで占められている。一方、ベンチ入りしている若手選手の3人(鈴木優磨、大橋尚志、平戸太貴)は、鹿島ユースの出身。Jクラブ最多のタイトル数や地域密着の度合いもさることながら、こうした人材の循環がしっかりできているのも、鹿島が名門たるゆえんと言えるだろう。

 そんな鹿島に遅れること12年後、03年に設立された岡山は、06年に木村正明氏を社長に迎えて以降は目覚ましい発展を遂げたことで知られる。当初は中国リーグ所属であったが、07年に全国地域リーグ決勝大会を突破すると、わずか2年でJ2に到達。その後、成績面で苦戦することもあったが、10年先、20年先を見据えた木村社長のクラブづくりは、収入面でも集客面でも着実に実を結んで今に至っている。

 クラブスローガンである「Challenge(チャレンジ)1」は、ホームゲームの平均入場者数1万人を目指したものだが、「J1に相応しいクラブとなるための1万人」というのが本質的な狙いだ。もっとも、単にJ1に昇格することだけが、クラブの目指すところではない。むしろ木村社長は「いついつまでにJ1へ」という発言を、これまでずっと控えてきたくらいだ。その理由について、岡山の名物社長はこう語る。

「もちろん目の前の試合には勝ちたいし、1年でも早くJ1に行きたいのは選手もスタッフもサポーターも、みんな一緒だと思うんですよ。では、なぜそれを言わないのかというと、当たり前の目標だからです。それに、われわれが目指すのは『J1クラブになること』よりも『将来、日本一のクラブになること』だと思っています。当然、強いチームでありたいし、入場者数でもファンクラブの会員数でも、すべてにおいて日本一でありたい」

「日本一のクラブ」を目指すという意味では、今回初めて公式戦で対戦する鹿島もまた、ロールモデルのひとつとなっているはずだ。J2第32節までを終え、J1昇格プレーオフ圏内の5位につけている岡山。果たして、今季のJ1ファーストステージ優勝チームに対して、どこまで自らの存在感を示すことができるだろうか。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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