車いすテニス・上地の原点を見た初戦 観客席に入れたボールの意味とは?

宮崎恵理

「車いすを使ったら、もっと自由に動けるやん!」

試合後、笑顔で記念撮影に応じる上地結衣(右)。観客の人を楽しませようとさせる上地の姿を、ブラジルの人たちはきっと忘れないだろう 【写真は共同】

 4歳年上の姉が中学の部活でテニスを始めると、上地もテニスに興味を持つようになる。神戸車いすテニスクラブを、体育館の館長から紹介された。館長は、上地が乗れる子供用のテニス車を借りる手配もしてくれていた。

「でも、最初は車いすを使うのはきっぱりイヤだって言ったんです。姉がしているのがテニス。だから、私も立ったままテニスがしたいって」

 そう言う小学生の上地に、クラブの大人たちは笑顔で、こう言った。

「ええよ、ええよ。ほな、そこに立っとって。ボール出すからね〜」

 装具をつけたままの上地が一歩も動かずにボールを打てる位置に、ポーンとボールを出してくれる。上地が打ち返す。何度も何度も繰り返して、ラケットに当たるボールの感触を覚えていった。

「でも、ある時、ふとネットの向こう側を見ると、車いすの大人の人たちが自由に動き回ってる。その姿がすごくカッコよく見えました。『なんや、車いすを使ったら、もっと自由に動けるやん!』って」

 そうして、上地は車いすテニスをスタートさせた。水を得た魚のように急成長していったのだ。

人が楽しめることを提供する立場に

 上地は、成長過程で周りの大人たちがどれほど自分を楽しませてくれたか、楽しむ中で目標や夢を持つことを教えてくれたか、今でも決して忘れない。

「楽しいと思えたから、リハビリも体育館での車いすの遊びも、夢中で続けてこられました」

 そして、もちろん車いすテニスも。

「一方的に何かを指導される、というのではなくて、大人が一緒になって子供の私に付き合ってくれる。でも、決して子供扱いするんじゃなくて、一つずつできることを増やしてくれる。今の私は、そういう人たちの支えで成り立っている、と思うんです」

 だから、自分がしてもらったように、人が楽しめることを自分が提供する立場にもなっていきたい、と思う。トップアスリートとして世界を駆け回る一方で、地元で開催される車いすテニスの大会では選手兼スタッフとして普及にも汗を流す。小さい子供が、鼻の頭に汗をいっぱいかいてボールを追いかける姿は、幼い頃の自分とダブって見える。

「一緒にプレーする、あるいは私のプレーを見て、『わあ、結衣ちゃんカッコいい』とか『結衣ちゃんみたいにプレーしたい』って思ってくれたら。今でも車いすテニスが大好きだから、一人でも多くの人に車いすテニスの楽しさや面白さを知ってほしいんです」

 リオのセンターコートいっぱいの観客を、上地はプレーで、サプライズで魅了した。足を運んだ人たちはきっと上地の姿を忘れないだろう。

 ロンドンパラリンピックのシングルスではベスト8。今大会では、この初戦からトーナメントの頂点に向かって、まっすぐに上り詰めていくはずだ。

「4年の間にランキングも変わったし、バックハンドのトップスピンをマスターしてプレースタイルも変わりました。同じセンターコートの景色も、見え方が違います」

 上地は、ブラジルの大歓声を力に、しっかりとリオの舞台に足跡を残していくはずだ。

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著者プロフィール

東京生まれ。マリンスポーツ専門誌を発行する出版社で、ウインドサーフィン専門誌の編集部勤務を経て、フリーランスライターに。雑誌・書籍などの編集・執筆にたずさわる。得意分野はバレーボール(インドア、ビーチとも)、スキー(特にフリースタイル系)、フィットネス、健康関連。また、パラリンピックなどの障害者スポーツでも取材活動中。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。

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