W杯予選を控え、人事で揺れるオランダ 去るV・バステン、交渉決裂のフリット

中田徹

大事なスウェーデン戦を前に……

W杯予選前の親善試合、オランダは1−2でギリシャに逆転負けを喫した 【写真:ロイター/アフロ】

 W杯予選でフランスと同組になったオランダは、2位以上を確保するためにもスウェーデン戦を絶対に落とせない。「負けたらブリント監督の更迭もあり得る」と予想するジャーナリストもいる。「その大事な試合を目前に、今なぜ、これだけたくさんの人事問題が起こってしまうのか!?」というのが、ギリシャ戦目前の記者室の声だった。

 ファン・オーストフェーンは「16年ユーロはヒディンク監督、ブリントコーチ体制でいく。18年W杯はブリントが監督に昇格」という4年計画を立てた人物である。ブリントはアヤックスの監督として失敗し、オランダでは「監督として成功体験のない指導者」と見なされている。ブリントの才能を高く買うファン・オーストフェーンは、ヒディンクから英才教育を施されることによって、ブリントの欠点を埋めようとした。ユーロ予選の不振によってヒディンクが更迭され、その弟子のブリントが予選終盤を引き継いでも、うまくいくはずがなかった。

 ファン・ニステルローイコーチが16−17シーズンからPSVのリザーブチームと育成年代のインディビジュアル・コーチに専念することになり、KNVBは新たにディック・アドフォカートをコーチに招いた。指導者ビギナーのファン・ニステルローイから比べると、大きな方向転換である。

 最近のオランダはPSVのコクー、フェイエノールトのファン・ブロンクホルストが監督就任1年目に深刻な不振に陥り、チームを向上させることができなかった。そこでPSVはヒディンク、フェイエノールトはアドフォカートをアドバイザーとして招き、それから好成績を収めていた。

 アドフォカートがオランダ代表のコーチングスタッフに加わったのは5月。その影響がどれだけあったのか分からないが、以降、オランダはアイルランド(1−1)、ポーランド(2−1)、オーストリア(2−0)とユーロ出場国相手に好成績を収めた。

 だが、アドフォカートは契約書にあった「オファーがあったら違約金なしでKNVBをやめることができる」という特別条項を就任たった3カ月で行使し、8月にフェネルバフチェの監督に就いてしまった。過去にもベルギー、オーストラリアで似たようなこと(当時は違約金あり)を繰り返していたアドフォカートの人間性に問題ありとする声も大きいが、ファン・オーストフェーンの人事交渉の手腕にも批判が起こった。

 こうしたことの積み重ねで、とうとうファン・オーストフェーンも疲弊し、KNVBとの契約を3年延長したばかりだったが、辞めることになった。

決裂したフリットの代表コーチ就任

 アドフォカートの後任者として白羽の矢が立ったのはフリットだった。現役時代は世界中でカリスマとあがめられ、しかも非常に気さくでオープンな性格。スリナムにルーツを持つこともあって、現代のマルチカルチャーなオランダサッカーにも適合し、「選手とコーチングスタッフのよい橋渡しになる“ピープルマネジャー”タイプの指導者」として期待されていた。ところが、ファン・ブルーケレンTDとフリットの交渉は決裂する。

 ファン・ブルーケレンTDは「フリットは、監督、もしくはアシスタントコーチ(ファン・バステン)が辞めたら、自分がその座に就くことを求めてきた。私はそれを約束できなかった」と語ったが、フリットは「そんなことは一言も言ってない」と否定した。

 8月29日、『パーウ』というトーク番組で、フリッツ・バーレントというジャーナリストがフリットがオランダ代表コーチ就任を固辞した問題を解説していた。さらにバーレントは言った。

「ファン・バステンもオランダ代表コーチを辞めるよ。FIFAに行くらしい。彼は、サッカーという競技の改革にいろいろとアイデアを持っているから、そういう仕事をFIFAでやりたいんだ」

 このスクープが出たことによって、フリットは真実をしゃべることができた。

「KNVBが私にコーチ就任を打診してきた時、マルコが『自分はオランダ代表のコーチをまもなくやめるんだ。君がコーチになる前に、そのことをキチンと知らせておきたかったんだ』と電話してきた。しかし、ファン・ブルーケレンは、私が知らないと思って、マルコがやめることをずっと黙っていたんだ。頭に来た! 自分は本当にこの仕事がしたかったんだ。お金ではなく、純粋に面白そうだったから。子供も最後の試験がある年だから、オランダで仕事ができる点も重要だった」

 ブリント監督の周りからアドフォカートコーチがいなくなり、アシスタントのファン・バステンもいなくなり、フリットも入閣しなかった。

「ダーティーワークを引き受けていた。ホッケーのかつての名選手、代表チームの監督でトップスポーツの世界をよく知っている。20年間マネジャーを務め、チームの信頼も厚い」(オランダ人ジャーナリスト)というヨリツマも4カ月後にはいなくなる見込みだ。ブリントの後ろ盾となっていたファン・オーストフェーンもこの期におよんでKNVBを去ることに決めた。今回のソープオペラの舞台に上がった者が、どんどん消えていってしまう……。

 そうそう、私はアイントホーフェンまでオランダ対ギリシャの試合を見に来たのだった。試合は1−2でオランダが逆転負けした。

 オランダが立ち上がり20分は素晴らしい攻めを見せて先制したが、その後、ありえないようなミスから2点を失った。早々に観客が席を立つ中、オランダはバス・ドストにロングボールを蹴り続けて強引にチャンスを作ろうとするも成果なし。猛烈なブーイングの中、タイムアップの笛が鳴った……。9戦目にしてギリシャ戦初黒星だ。

 どんなに負けようとも、試合後、場内を一周する選手に惜しみない拍手を送るオランダのサポーターだったが、この日はそれも少ない。いつもは律儀にキチンと周る選手たちも、今回ばかりはピッチの中をショートカットして更衣室へ去っていった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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