“空振り”に終わった五輪ボクシング 課題多き日本が東京で挽回するには?

善理俊哉

村田諒太もその安定感を高く評価した成松(右)だが2回戦で米国代表にポイント負け 【AIBA(国際ボクシング協会)】

 メダル獲得数が日本史上最多の41だったリオデジャネイロ五輪で、ボクシング競技は予想以上でも以下でもない“空振り”に終わった。4年前のロンドン五輪でブレイクしたはずのこの競技が、今回の結果をバネに、2020年東京五輪で成功するにはどんな挽回方法があるのか。

実力を出し切ったものの……

開会式での森坂(右から2人目)。20歳になったばかりで4年後が期待される 【日本ボクシング連盟】

 前回のロンドン五輪では半世紀ぶりのメダルを2個獲得。加えて日本は世界有数のプロボクシング大国であるにもかかわらず、今回のボクシングではメダルの期待が少ないと認識されていたのは、マスメディアの注目度の低さからも明らかだった。実際の結果は男子バンタム級の森坂嵐(東京農業大)と男子ライト級の成松大介(自衛隊体育学校)が出場権を獲得し、本戦で森坂が1回戦敗退。成松が2回戦敗退に終わった。

 この競技を統括するAIBA(国際ボクシング協会)がWSB(ワールド・シリーズ・オブ・ボクシング)やAPB(AIBAプロボクシング)といったプロボクシング企画を発足し、ここに五輪出場権を分配。だが日本は結局参加できなかった時点で、「成松+αの出場」がリオ五輪の現実的な目標だと思っていた。そのため結果は、現在の日本の実力を最大限に出し切ったものにも感じる。しかし日頃、ボクシングを観ない、もしくはボクシングと言えばプロのみというファンには、ロンドン五輪で村田諒太(当時・東洋大職員)が男子ミドル級の金メダル、清水聡(当時・自衛隊体育学校)が男子バンタム級の銅メダルを獲得し、大注目を集めたこととのギャップに落胆した人も少なくあるまい。

日本の“オフェンシブ”偏重に弱点

2014年南京ユース五輪にはボクシングでも3選手が出場。銀1・銅1と好調だった 【日本ボクシング連盟】

 今回、代表候補として五輪予選に出場したメンバーの平均的戦力は、ロンドン五輪よりも確かに落ちたが、極端な差はなかった。ただ、前回は日本が国際舞台で戦う力を飛躍的に持ち始めた活気と、村田個人の瞬間的な覚醒があった。

 2011年に採点方法が改正された際、これまで国際大会で実績の少なかった村田が、一時的に抜群のルール適応力を見せ、この年の世界選手権で日本史上最高の準優勝。ロンドン五輪でのメダル獲得を期待される存在となった。メダルの期待は、男子フライ級の須佐勝明(自衛隊体育学校)が次に持っていたが、ロンドン五輪でいざ組み合わせが決まると、清水への期待がそれ以上に高まった。村田、清水とも苦手なタイプの選手と戦わずに表彰台入りまでいたれたのは、ある意味、幸運であったが、その運を逃さない本人たちの執念があったのも確かである。

 同五輪後、須佐と男子ウェルター級代表の鈴木康弘(自衛隊体育学校)が引退。メダリストの村田と清水のほか、代表候補だった井上尚弥(相模原青陵高)はプロに転向したが、将来を有望視できる逸材も複数台頭していた。また日本はここ4年間、ジュニア(15歳、16歳)とユース(17歳、18歳)の成績向上には世界的にも高い評価を得た。

 しかし、これがエリート(19歳以上の成年)では日本が勝てないままであることを気付きづらいものにさせていたのかもしれない。

 長年、日本低迷の一因として明らかにあったのは「真っ向勝負への過剰な美意識」で、日本の選手は懐の浅いオフェンシブ・スタイルを好む。これはキャリアの浅いうちは相手を飲み込む強引さにつながるが、最終的には深い懐でクレバーに戦うディフェンシブな選手が無難に勝ち上がるのが、何度ルールが変わっても、この競技の特徴であり続けてきた。しかし日本のように、高校や大学でカテゴリーが区切られていると、こうした選手が早期に活躍する可能性が減り、勝つためにオフェンシブにならざるを得ない。これが社会人になってから、他国の選手よりも長距離での駆け引きが下手な結果につながっている可能性はある。

国際経験の少なさも日本の致命的な問題

 また、最新の採点方法に関しても、日本は期待したほど得意ではなかった。有効打の数を計算するこれまでの採点方法に変わって、リオ五輪での採点では「ラウンドを優勢に進めた方が10点満点で、もう一方から最高4点の減点を取るもの」になった。これを「プロボクシングと類似した採点方法」と判断し、好戦的な日本人には有利なのではという期待があった。

 しかし、ここには重要な誤解があり、プロボクシングの10点満点法と五輪ボクシングの10点満点法で決定的に異なるのが、後者は五輪的モラルに則って「ダメージ」を採点基準にしていないことだ。結局は今も有効打の「数」が最優先に求められており、「ダメージ」を意識したボクシングをイメージすると、過度な力みにつながり、判断が難しいはずのボディブローを過大評価してしまう。相手の顔を跳ねあげた数を基本に計算すると、今回のリオ五輪でもほぼ納得のいく判定が出ていた。

 もし確実に足りなかった要素を挙げるなら、代表候補の国際経験だ。五輪ボクシングでは、大きな大会への調整を小さな国際トーナメントで行うのが一般的。国際トーナメントに出た場合、敗退しても帰国まで他国の敗退組と実戦練習を繰り返すのが一般的で、村田のような野心の強い選手は強豪国のコーチに指導を求めることもあった。ちなみにこの競技で最もレベルが高い大陸はヨーロッパだ。「ヨーロッパが政治的な主導権を握って自分たちの都合にあったルールに改正されるから」というやっかみも一理あるが、ヨーロッパに国際大会が充実しているのも確かだ。しかし、今回の代表候補は予選を通過した成松と森坂を含めて、国際経験が少ないまま最終決戦に臨んでいる。日本の場合、主軸になるはずの社会人選手には上半期にほとんど試合がないのだ。

 ルール改正の多いこの競技において、国際経験で感覚的に必勝法を見出すことがベストであり、世界選手権やアジア競技大会の前に、複数の国際大会で調整する文化は築くべきだ。あくまで理想は、日本に独自の国際大会文化が根付くことで、かつてはジャパンカップのほか、世界のトップ選手に日本人選手が挑むチャレンジマッチという大胆な興行もあったが、いずれも長続きはしなかった。

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著者プロフィール

1981年埼玉県生まれ。中央大学在学中からライター活動始め、 ボクシングを中心に格闘技全般、五輪スポーツのほかに、海外渡航を生かした外国文化などを主に執筆。井上尚弥と父・真吾氏の自伝『真っすぐに生きる。』(扶桑社)を企画・構成。過去の連載には『GONG格闘技』(イースト・プレス社)での『村田諒太、黄金の問題児』などがある

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