悪夢の2年を経たヤクルト・村中恭兵 「一からつくった」フォームで自信あり

菊田康彦

早く巡ってきた中継ぎのチャンス

米国・ロサンゼルスで行った1月の自主トレでは体幹強化のトレーニングにも取り組んだ 【写真は共同】

 年明けの自主トレはチームメイトの久古健太郎に仲間入りし、初めて米国・ロサンゼルスで行った。「もともとそんなに強くなかった」という体幹のトレーニングを中心にしっかりとした体づくりを行うことで、腰痛の不安も解消された。春季キャンプは2軍の宮崎県・西都だったが、その頃には新たな投球フォームも固まりつつあった。

「見た目はそんなに変わらないかもしれないですけど、全然違う投げ方だと思ってるんです。簡単に言うと今までは(体を)開いて投げていたのを、開かないようにしてるんですけど、体が開かなくなったことでボールの力強さだったり、キレが出てきたと思います」

 オープン戦でも1軍に呼ばれることはなく、開幕は2軍。ところがチャンスは意外なほど、早く巡ってきた。3月27日、開幕3戦目にして1軍に合流。与えられたのは、これまでほとんど経験のなかったリリーフとしての役割だった。

「中継ぎはほとんどやったことがなかったんで、最初は『抑えられるかな?』っていう不安があったんですけど、最初の登板でバッターが真っすぐ(ストレート)を待ってるカウントで(ストレートを)詰まらせたんです。そこである程度『大丈夫かな』っていう感覚はつかめました」

 一昨年まで1軍登板通算131試合のうち、救援は10試合だけ。リリーフに専念するのは初めてとあって、周りの投手の動きを観察し、救援として経験豊富な松岡健一や久古に話を聞きながら、徐々に調整法を学んでいった。5月28日の中日戦(ナゴヤドーム)では、同点の延長10回に5番手で登板して無失点で切り抜けると、直後に味方が勝ち越して660日ぶりの白星も手にした。

ブルペンから外せない存在に

 ヤクルトは現在、先発のチーム防御率が両リーグワーストの5.43と先発投手の苦戦が続いているが、高津臣吾投手コーチは「当初は手探りなところがあったんですけど、彼は体も強いし投げる体力もすごくある。彼の代わりがいればいいんですけど、今は(ブルペンから)外せないですね」と、村中の先発復帰には否定的。村中本人も「今は与えられた役割で投げる喜びを感じているので、敗戦処理でもいいですし、ポジションは気にしてないです」と、先発にこだわる様子はない。

 それよりも、今はとにかく試合に投げたくて仕方がない。それも自分のボールに自信があるからだ。
 
「2ケタ勝った時も勢いだけみたいなところがあって、自分ではあんまり良かったとは思ってないんです。今の方がコントロールも安定してますし、変化球も自信を持って投げられてるので、たぶん今の方がいいと思います。真っすぐの質も、明らかに昔とは違います」

 あと2試合投げれば、自身のシーズン最多登板(28試合=10年)に並ぶ。だが、先発として記録したこの数字は、今の村中にとってはあくまでも通過点。“どん底”を味わった男は、明日もあさってもその先も、出番があれば喜んでマウンドに上がるつもりだ。

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著者プロフィール

静岡県出身。地方公務員、英会話講師などを経てライターに。メジャーリーグに精通し、2004〜08年はスカパー!MLB中継、16〜17年はスポナビライブMLBに出演。30年を超えるスワローズ・ウォッチャーでもある。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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