ヒカルイマイ一閃からウオッカの偉業まで 競馬記者が『思い出のダービー』を熱弁!

競馬専門紙「優馬」

若き日の思い出? ローカル予想陣の思い出のダービー

牝馬による日本ダービー制覇を64年ぶりに達成したウオッカ(撮影:下野雄規) 【(C)競馬専門紙「優馬」】

小桧山TM
1983年・第50回 ミスターシービー など

当時大学2年生。先輩が「単勝買えば2分半で2倍になるぞ!」という位の自信を見せていたレース。こちらもドキドキしたダービーだった。これが元でこの世界へ。良かったのか、悪かったのか。
ウィナーズサークルが勝った1989年はPOG馬のトーワトリプルが4着。一瞬、やったと思った。
1992年のミホノブルボンが勝ったダービーはマヤノペトリュースがライスシャワーに差し返されて25万の払い戻しがパー。翌日、一文無しで札幌出張へ出発。叩きすぎて記者席の机も壊した。

山崎TM
2007年・第74回 ウオッカ

この年の6月に入社が決まっていたので、まだ競馬ファンとして始発で府中に行き、開門ダッシュをして、友達とファンエリアで見てました。3番人気に支持されていましたが、まさか牝馬がダービーを制するなんて考えてもいませんでした。64年ぶりの快挙。歴史的瞬間を目の前で見たんだなと思うと、レース後はなんとも言えない不思議な気持ちでした。

馬場TM
2007年・第74回 ウオッカ

初めて生で観たダービーだから。

広田TM
1993年・第60回 ウイニングチケット


落合(編集)
1973年・第40回 タケホープ

ハイセイコーが断然人気で3着に沈んだのが信じられなかったが、勝ったタケホープが直線半ばで2着のイチフジイサミの進路を妨害。今なら間違いなく降着だったはず。その当時は当然、枠連しかなく、当日の日時(5月27日)で買った人は大儲けだったはず(枠連5-7は9,560円)。ダービーは5月の下旬が多いが、この年は見事にハマった。

打越(編集)
1990年・第57回 アイネスフウジン

当時は入社して間もない頃。入場人員が20万人にも届こうかという、19万人超のファンから起こった『ナカノコール』。シビれました。

木谷(編集)
2008年・第75回 ディープスカイ

ディープスカイが日本ダービーを制した3日後、大井の東京ダービーを制したのが「ドリームスカイ」だった。そのまた3日後のユニコーンSには「ドリームスカイラブ」という馬が! 「ディープスカイ→ドリームスカイときたら今度はドリームスカイラブでしょ!」と仲間内で盛り上がり、単勝120倍のこの馬をしこたま買ってしこたま負けた。

競友チームもアツい語りで参戦!

小粥TM(競友)
1971年・第38回 ヒカルイマイ

この業界に入った年のダービー。初めてライブで観たこともあるが、当時は1コーナーまでに10番手以内が鉄則のように言われていた中、敢然と後方待機から直線、見事に追い込んだレースぶりが印象的。僕はダービーに乗るんじゃない、ヒカルイマイに乗るんだ、と語って、この馬のレースに徹した弱冠・田島良保の度胸の良さに感心した。何はともあれ、キャリア出発点のレースで思い出は一番と言える。

宮崎TM(競友)
1990年・第57回 アイネスフウジン

ナカノコールが凄かった。

前田TM(競友)
1994年・第61回 ナリタブライアン

大丈夫?っていうくらい4コーナーで外に出したのに、ぶっち切ったのが印象的。

山下TM(競友)
1997年・第64回 サニーブライアン

自分が本格的に競馬を見始めた次の年で、初めて2歳戦(当時はまだ3歳表記)からクラシックまでの流れを見た上でのダービーでした。皐月賞が大波乱の3角先頭からの押し切りでしたが、辛勝で誰もがフロックだと思っていました(私も)。ダービーでは大外18番からの果敢な逃げ。直線でもセーフティリードを守り二冠を達成。「これはもう、フロックでも何でもない」という実況もありました。ちなみに、サニーブライアンの母サニースイフトは87年のダービー2着サニースワローの妹。サニースワローも大西直宏騎手で、鞍上も10年前の雪辱を果たしました。あのサイレンススズカがサニーブライアンの鋭いダッシュを見て控えたくらいですから、大西騎手の気合いは凄かったんですね。ダービーではその後、逃げ切りはありません。当時の私は、地味な騎手(失礼)でもダービーを勝てるんだ……、とビックリしました。弥生賞→若葉Sと完敗だった馬が二冠を取るなんて、信じられませんよね。ちなみに、私はもしサニーブライアンが菊花賞に出ていたとしたら、三冠を取った可能性は高かったと思います!(笑)

今野(競友)
1998年・第65回 スペシャルウィーク

天才・武豊が始めてダービーを勝った日。SMAPのキムタクがプレゼンターだと聞いてスタンド内で働いていたありとあらゆる女性達が表彰式を見ようと窓辺に殺到。後ろから押されて落ちてしまうのではないかと思った。
タニノギムレットのダービーデイ(2002年)はレース後(最終レース後?)にスタンドをまたぐように大きな虹が。天才が勝つ日は全てが違うと感じた。

3/3ページ

著者プロフィール

競馬専門紙「優馬」のスペシャル競馬サイト。トレセンや競馬場という現場で記者やトラックマン達が仕入れてきた生情報を元に、予想記事やコラム記事を掲載しています。さらに、競馬ファンのニーズに対しダイレクトに応えていくようなコンテンツも展開。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント