松本山雅が手に入れたい真の成功 初めての降格経験も止まらない成長曲線

元川悦子

深刻だったゴール欠乏症も解消か!?

東京V戦でハットトリックを達成した高崎 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 J1再昇格への最初の試金石と見られた3日のC大阪戦は、柿谷曜一朗の芸術的ボレー弾に屈する形となったが、前半25分の得点シーンまで山雅がゲームを支配。「風上を取られたことで相手が勢いに乗ってきた。あそこまで押し込まれるとは思わなかった」とC大阪の田中裕介も語っていたほどだ。飯田は「毎試合映像を使った振り返りをしていることもあって、予想より早くチーム完成度が上がっている」と前向きに語り、反町監督も「やっていることは間違っていない。下を向くことはない」と改めて強調した。

 実際、山雅がこれまで積み上げてきた「堅守」と「走力」をいう武器は今季も健在だ。東京V戦までの12試合の通算失点は8で、リーグ4番目の少なさである。守備面の課題を指摘されていた宮阪も、東京V戦で相手ボランチへのアグレッシブなプレス、激しい球際の寄せを見せるなど、チーム全体の守備意識の向上は明らかだ。

 それゆえに、得点力アップが急務の課題だった。「ウチはここまでJ2で枠内シュート最下位。上位チームには得点王争いに加わっている選手がいるけれど、今のところ工藤が3点、山本が2点。山本は焦りが見られるし、高崎もオビナもゴールを量産できる選手じゃない。会社にも『そこそこ点を取れる選手を4人取るより、1人で20点以上取れる選手を取ることを考えた方がいい』と言っているけれど、そういうことも考えないといけない」と反町監督はC大阪戦後にゴール欠乏症を深刻に捉えていた。

 しかし、その矢先に東京V戦で高崎がハットトリックを達成。モンテディオ山形時代にFKで12得点を奪っている宮阪も、伝家の宝刀をやっと抜いてくれた。特に、新天地でリスタートのキッカーという重要な役割を託されながら、思うように結果を出せなかった宮阪自身は、重圧から少なからず解放されたことだろう。「よく祐三(岩上)君と比較されますけれど、僕は彼じゃない。ロングスローという1つの手段がなくなったからと言って、山雅の良いところがなくなったわけじゃない。自分にも他の持ち味があるし、それをもっと出していきたい」と本人もさらなる意欲を口にした。

 このように新戦力がゴールという結果を残したことは、チームにとって何より大きな力になる。この流れを生かし、現場はあくまで「1年でのJ1復帰」にまい進していくつもりだ。

フロントが描く成長戦略

 その一方で、クラブ側は将来を見据えた基盤固めに力を入れている。

「今年の山雅のテーマは(1)地域貢献活動の充実、(2)育成組織の確立、(3)街中多機能型複合スタジアムの新設、の3つ。この成長戦略の下、次の50年、100年に向けて進んでいくことが大事。1年でのJ1復帰をノルマに掲げず、J1に再昇格した時にしっかり戦えるチームを作ってほしいと現場には要望しています」と神田文之社長は説明していた。

 こうしたビジョンに沿うように、アカデミーは今季10人弱のスタッフを増強。昨季途中までカターレ富山で指揮を執った岸野靖之監督をユースアカデミーアドバイザーに招聘し、提携先である松本大学に派遣する傍らで、11年から5年間トップチームに携わってきた柴田峡コーチをジュニアユースの監督に据えるという大胆人事にも踏み切った。

 小学生対象のスクールもこれまでは松本市内にしかなかったが、4月から塩尻校も開校。スペシャルクラスや女子のクラスも新設するという拡充も図っている。

「ユースもジュニアユースも他クラブや学校との差別化がまだできていない。山雅でエリートを育てられるような環境づくりを急ピッチで進めていく必要があるが、まだまだ時間がかかる」と柴田アドバイザーは現実の厳しさを口にしたが、J2初参戦した4年前に比べると確かな進歩は見て取れる。「かりがね(昨年4月から使用しているトップチームの練習拠点)を筆頭にグラウンドも増えたし、ユースも地元の強豪校である創造学園高と互角の勝負ができるようになったりと、前進はしていると思う」と反町監督も前向きにコメントしていた。

衰えない周囲の熱気

ホーム平均入場者数が落ち込んではいるものの、山雅を取り巻く熱気の衰えは感じられない 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 1年でJ2降格しながら、このような環境整備に積極的に取り組めるのも、収支規模の拡大が大きい。14年度の山雅は年間運営費12億円の中規模クラブだったが、「J1昇格によって15年度は21億5000万円と収入が大幅に伸びた」と大月弘士会長は言う。「当初予算は18億円の見込みでしたが、アルウィンの平均入場者数も前年より約4000人多い1万6823人に達し、スポンサー収入なども飛躍的に増加しました。それも協力していただいた方々のおかげです」と大月会長は感謝の言葉を口にした。こうした結果、クラブ運営に資金的なゆとりが生まれたのだ。

 今季はホーム平均入場者数がここまでのホーム5試合で1万3698人と約3000人落ち込んでおり、年間予算も17〜18億に減少すると見通しだが、山雅を取り巻く熱気の衰えは感じられない。柿谷のようなスター選手を抱えるセレッソ戦は1万7302人と確かに大入りとなったが、それ以外の試合でもサポーターはスタジアム通いを大いに楽しんでいる。「アルウィンの雰囲気と迫力はすごかった」とセレッソの選手たちも口々に語っており、こうしたムードを作り出すことに人々は喜びを感じ、山雅を精いっぱい、応援し続けているのだ。

 ただ、「非日常が日常になってしまったら、人間は退屈に感じるようになる」とかつて率いたアルビレックス新潟の観客減少を目の当たりにした反町監督は自戒を込めて口にしたことがあり、山雅が似たような停滞感に包まれないとも限らない。それを避けるためにも、やはり現場はJ1昇格を目指して進化を続け、勝利という結果を残さなければならない。同時にクラブ側も地元から優れたタレントを輩出するなど、地域から愛される存在であり続ける努力を惜しんではならない。

 実際、今季登録メンバーのうち、地元出身者はベテランの田中隼磨だけ。彼自身も「ユースから良い選手が育てば他から選手を買わなくてよくなるし、その選手を売ることもできる。そういう環境が整わないと、出て行った選手の穴を埋めるために外から選手を取らなければいけなくなる。メンバーの入れ替えが激しいとチームコンセプトの理解にも時間がかかるし、戦い方も難しくなる。僕らトップの選手がJ1で戦っている姿を見た子供たちが『自分もここに入りたい』と思ってもらえるように仕向けるところからスタートしなければいけない」とその重責を口癖のように話している。トップの勝利と育成を含めた基盤強化の両輪を機能させてこそ、山雅は真の成功に近づく。その難題にこの先も辛抱強く取り組んでほしいものだ。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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