レスター・シティが街にかけた魔法 すべてを変えた「奇跡の物語」最終章

田嶋コウスケ

街全体が好景気に沸く

親子連れのレスターサポーター。サポーター歴が30年以上という男性は、「今季の大躍進は信じられない。来シーズンはCL。バルセロナやレアル・マドリーと対戦できると思うと楽しみ」と興奮気味に話していた 【田嶋コウスケ】

 レスター効果は、街中にも及んでいる。ひとつは、街を走る乗用車。販売店の店員によれば、今季の躍進を受けてレスターのチームカラーであるブルーの乗用車の売上が300%も上昇したという。「これまでは、白色の乗用車を求める声が多かったが、今では誰もが青色の車を欲している」。

 また、ホテル代も上昇している。週末における1泊あたりの平均宿泊費は2年前の調査で50ポンド(約7650円)だったが、今では80ポンド(約1万2300円)まで跳ね上がっているという。専門家によれば、「価格上昇は、純粋に需要が高まっているから」。レスターの姿をひと目見ようと、アウェーサポーターが増加したことに加え、普段はサッカー場に足を運ばないライト層や中間層が、観光も兼ねて宿泊しているとみられている。もちろん地元民は、レスターが勝利した後にパブやレストランで祝杯。街全体が、ちょっとした好景気に沸いているのだ。

 それだけではない。レスターでは、「ラニエリ・ソーセージ」なるものも生まれた。

 レスターの快進撃を受け、地元の精肉店がフェンネル(緑)とガーリック(白)、チリ(赤)のイタリアン・カラーからあしらった「ラニエリ・ソーセージ」の販売を開始した。すると、「クリーンシートを達成したら、選手にピザをおごる」と約束し、その言葉通りに公約を果たしたラニエリ監督が、「選手にピザをおごったのだから、ソーセージをおごってくれ!」とジョークを飛ばした。

 この言葉に精肉店が反応し、ラニエリ・ソーセージを記者会見に持参。普段、ラニエリ監督は「言葉に噛みつく」の意から記者たちを「シャーク(鮫)」と親しみを込めて呼ぶ。このときも「さぁ、このシャークたちに振る舞ってくれ!」とソーセージを薦めて笑わせていた。

 こうした心温まるやり取りも、大都市のビッグクラブでは、なかなかお目にかからない。セキュリティーやスケジュールなど、さまざまな都合で実現が難しいからだ。中都市のレスター、そして地域密着型の「シティならでは」のエピソードである。無論、この精肉店の店員はレスター・シティの熱烈なサポーターで、同店でもラニエリ・ソーセージは人気だという。

夢心地に包まれている人々

レスターの本拠地、キングパワースタジアム近くにある露店。「チャンピオンマフラー」も人気の一品だという 【田嶋コウスケ】

 さらに、行政も動いている。同市のピーター・ソールズベリー市長は、チームが優勝した場合、その功績を称えて選手や監督の名前を道路に残す構想を明かした。それだけでなく、チームを後方支援しようと、29日からレスターの街全体を青色でライトアップする計画もある。

 もちろん、スタジアム周辺も活気に満ちている。サポーターグッズを取り扱う露店を覗くと、早くも「チャンピオンマフラー」の販売が始まっていた。少しばかり気が早い気もするが、店主は笑いながら言う。「優勝を争っているこの瞬間も楽しみたい。こんなこと、そうそうないんだから」。ちなみに、筆者の目を奪った一品は、MVP級の活躍を見せるMFエンゴロ・カンテの“非公式”Tシャツで、胸に踊る文字は「地球全体の7割は海水で覆われているが、残りはカンテがカバーする──」。運動量抜群のカンテを称えながら、英国らしいウィットに富んだ傑作の一品で、同店でも人気だそうだ。

 胸の高まりを抑えられないのは、クラブ関係者も一緒だ。広報のリチャード・メローさんに「来季はチャンピオンズリーグに参戦するから、世界中から報道陣が押し寄せるけれど、広報チームは準備できているの?」と尋ねてみると、苦笑いを浮かべながらこう答える。
「そんな質問しないでくれ! 想像もつかないし、当然、準備もできちゃいない。でも、ワクワクする。今季だって、こんなことになるなんて思いもしなかった。『来季はどうなるんだろ?』ってね」

 17日のウエストハム・ユナイテッド戦では、FWのジェイミー・バーディーが退場処分となり、2−1でリードされる苦しい展開に陥った。しかし、後半アディショナルタイムにPKを獲得して同点に──。決して最後まで諦めない勇敢な戦いぶりは、今季のレスターを象徴するかのようだった。

 英国中、そして世界中の話題をさらっている「ミラクル・レスター」。まるで魔法にかけられたように、レスターの街も夢心地に包まれている。栄冠まで、あとほんの少し。そして、奇跡の物語は、レスターの人々の心も変えようとしている。

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著者プロフィール

1976年生まれ。埼玉県さいたま市出身。2001年より英国ロンドン在住。サッカー誌を中心に執筆と翻訳に精を出す。遅ればせながら、インスタグラムを開始

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