ビッグクラブの練習非公開は社会の縮図? スペイン暮らし、日本人指導者の独り言(5)

木村浩嗣

監督の世界の常識は「練習メニューにコピーライトはない」

「練習メニューにコピーライトはない」。これが監督の世界の常識だ 【Getty Images】

「練習メニューにコピーライトはない」。これが監督の世界の常識だ。みんなが知恵を出し合ってみんなが監督として成長する、というのがあるべき姿なのだ。私はこっちのコーチライセンスを持っているので、時々勉強会や講演に参加させてもらえる。

 昨年6月のワールドカンファレンスでは、取材がほとんど不可能な人物、たとえばセビージャのウナイ・エメリ監督の元戦術分析担当者とか、バイエルン・ミュンヘンのグアルディオラ監督のフィジカルコーチとかが、詳細に自らの仕事の内容や練習メニューを明かしてくれ、講演に使われたパワーポイント文書は「メールアドレスをくれればすべて送ってあげる」(戦術分析担当者)であった。

 練習内容を明かさない、監督仲間同士で共有しないというのは、“ケチ臭い”という価値観がまだ生きているのだ。そういう世界で育ったはずのビッグクラブの監督たちが、なぜ練習を隠そうとするのか理解できない。

富める者が寛容ではなくなっている世界

ソシエダの練習場には小学生が大勢来ていた。こういう交流を嫌う風潮は理解できない。サインに出てきたエウセビオ・サクリスタン監督には歓声が上がっていた 【木村浩嗣】

 サッカーの最高レベルにある知識と技術を持つ者たちが、サッカーの普及に協力しなくてどうする? 指導者あるいは指導者を目指す者に、「うちの練習を参考にしてほしい」という心意気とプライドこそプロのあるべき姿だと思う。そうやって指導者のレベルを上げることは、サッカーへの恩返しである。

 もう1つ、決して安くないチケットや年間パスを買って試合を見に来ているファン、特に子供たちに感謝するなら、リラックスしたり真剣に汗を流している姿を見てもらって、サインの1つでもしてあげたらどうなのか。子供たちにとっては一生忘れられない思い出になるだろう。プロは客商売だ。ファンサービスだって仕事の一部、メディア対応だって仕事の一部なのだ。練習はその両方ができる貴重な機会だったのだが……。

 監督や選手がファンと気さくに接している姿を見るのはほほ笑ましい。駐車場で呼び止められても記念撮影やサインを断らない選手がいるクラブと、駐車場は当然立ち入り禁止で、こちらに一べつもせずスモークガラス付きの高級外車をふかして走り抜ける選手がいるクラブ。しかもファンに優しい方の選手がいるクラブはお金がなく、リーガでも苦戦続きだときている。どちらに共感し、どちらを応援したくなるかは明らかだろう。貧しい者が寛容である一方で、富める者が寛容ではなくなっている。まるで今の社会の縮図である。

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著者プロフィール

元『月刊フットボリスタ』編集長。スペイン・セビージャ在住。1994年に渡西、2006年までサラマンカに滞在。98、99年スペインサッカー連盟公認監督ライセンス(レベル1、2)を取得し8シーズン少年チームを指導。06年8月に帰国し、海外サッカー週刊誌(当時)『footballista』編集長に就任。08年12月に再びスペインへ渡り2015年7月まで“海外在住編集長&特派員”となる。現在はフリー。セビージャ市内のサッカースクールで指導中。著書に17年2月発売の最新刊『footballista主義2』の他、『footballista主義』、訳書に『ラ・ロハ スペイン代表の秘密』『モウリーニョ vs レアル・マドリー「三年戦争」』『サッカー代理人ジョルジュ・メンデス』『シメオネ超効果』『グアルディオラ総論』(いずれもソル・メディア)がある

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