外様の社長と監督が抱く「王国復活」の夢 J2・J3漫遊記 清水エスパルス 後編

宇都宮徹壱

「清水からオファーをいただくなんて光栄」

今季から清水の指揮を執る小林監督。ランニングも選手との大切なふれあいの機会 【宇都宮徹壱】

 IAIスタジアム日本平でのJ2開幕戦(清水エスパルスvs.愛媛FC/0−0)から一夜明けた2月29日、清水駅からバスで40分近く揺られて三保にある清水エスパルスの練習グラウンドを訪れた。午前10時、前日の試合に出場した選手たちのリカバリーが始まる。監督の小林伸二は、やたらアクションを交えながら、選手と一緒に走っていた。どうやら昨日の試合の感想を、ひとりひとりに伝えているようだ。熱血でありつつ細やか。そんな新しい指揮官に対する、選手たちの評価も概して好意的だ。

「距離感が近いですよね。何か気付いたら、すぐに選手を呼んで誰とでもしゃべる。積極的にコミュニケーションをとってくれるので、すごくやりやすいです」(大前元紀)

「守備の意識が変わったかな。今までの清水は、あまり後ろに人数をかけていなかったけれど、今季は(攻められたら)まずは全員で戻ろうと。J2で長く経験している監督なので、守備だけではなく全体のバランスがとりやすくなると思います」(杉山浩太)

 昨年11月25日、小林の監督就任がアナウンスされると、多くの清水サポーターはこの人事をポジティブに受け止めた。過去、清水を率いた日本人監督は7人。このうち、クラブや静岡にまったくゆかりのなかった人材は宮本征勝のみである(石崎信弘は広島出身だが、ヘッドコーチからの昇格)。長崎出身で清水との接点をまったく持たなかった小林は、言うなれば完全なる外様だったわけだが、これまで3つのJ2クラブ(大分トリニータ、モンテディオ山形、徳島ヴォルティス)を昇格させた実績は誰もが認めるところ。1シーズンでのJ1復帰を目指している清水にとって、これ以上にない人選である。

 もっとも先の開幕戦は、指揮官である小林もかなり緊張していたようだ。「清水といえば歴史あるオリジナル10のチームだし、あれだけ多くのサポーターに注目されながら初めてのJ2を戦うんだから。いくら経験があるといっても、そりゃあ緊張するのが普通じゃないですか」と、4つのJクラブ監督を歴任したとは思えないくらい、初々しい発言をしている。サッカーの街・清水へのリスペクトは実に明快だ。

「初めて清水に来たのは、高校1年(島原商業高)の春にフェスティバルに参加したときでしたね。われわれの世代にとって、『静岡のサッカー=強い』でしたから、いろいろ間接的に刺激を受けた県なんですよ。この仕事をしていて、清水からオファーをいただくなんて光栄じゃないですか(笑)」

「昇格請負人」ではなくJ1での実績を評価

クラブ史上初めてJ2を戦う清水。「1シーズンでJ1復帰」が今季最大のミッションだ 【宇都宮徹壱】

 小林に清水からのオファーが舞い込んだのは、昨年の11月12日に徳島の監督を満期で退任することが発表された直後である。「ちょっとゆっくりしようかな」と思っていた矢先、いきなり清水の関係者から連絡が来たことに驚きを隠せなかった。とりあえず話を聞こうと、大阪で社長の左伴繁雄と面談する。左伴がかつて横浜F・マリノスの社長をやっていたことは知っていたが、この時が初対面。一通りのあいさつが済んだあと、左伴は「小林さんは05年、セレッソ大阪を率いて快進撃でしたよね」と切り出した。

「いやあ、驚きましたね。というのも、僕はてっきり『昇格請負人だからオファーをくれたのかな』と思っていたわけです。そしたら、むしろJ1でも実績を残していることを社長は評価してくれた。そこが、これまでのオファーと一番違っていたところでしたね」

 05年のC大阪といえば、西澤明訓、森島寛晃、ゼ・カルロス、下村東美らを擁し、第19節以来15試合負けなしの怒とうの追い上げが注目を集めていた。そして第33節終了時、ついにC大阪は首位に立つ。あと1勝すれば悲願の初優勝だった。「ところが長居でのFC東京戦で引き分け(2−2)、終わってみれば5位ですよ。あのメンツで結果が出せなかったのは、僕もまだ若かったということでしょうね」と小林。あの時もし優勝監督になっていれば、今とはかなり違ったキャリアとなっていたかもしれない。

 ともあれ、長らく「昇格請負人」と認識されていた小林にとり、05年の自分を見てくれていた左伴のオファーは、清水という土地に対する畏敬とプレッシャー以上に、大いにモチベーションをかき立てられるものとなった。その一方で、これまで清水が是としてきた「自分たちが主導権を握り、魅力的な攻撃を仕掛けていく」というスタイルについては、今後は自分なりに精査することを示唆している。それは取りも直さず、「1シーズンでJ1復帰」というミッションを果たすためであることは言うまでもない。

「昇格という明確な目標があるんだったら『勝つために何をすべきか』ということですよね。J2というのは、J1に比べて技量が低い分、激しさがある。ピッチが良くない会場も多いから、ボールコントロールがうまくいかないし、むしろテクニックがないチームの方がやりやすい(笑)。理想とするスタイルを追い求めても勝てないなら、諦めずに90分間戦い続けるしかないわけですよ。僕はね、サッカーに感動を覚えるのは洗練さも確かにあるだろうけれど、一生懸命さというのもあると思っている。そこで、どれだけ共感が得られるかというのが、重要になってくるんじゃないですかね」

1/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント