前橋育英よ胸を張れ グラウンドの隅っこから始まった挑戦

安藤隆人

インターハイでは全国出場ならず

キャプテン・尾ノ上らが軸となり、躍動感溢れるサッカーを展開した前橋育英 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 前橋育英(群馬)にとって苦しい1年だった。

 昨年、全国高校サッカー選手権で準優勝を飾ってから1年。今年の前橋育英は1月5日、その2つ前のベスト8で國學院久我山(東京A)に0−1で敗戦し、大会を終えた。

 結果だけ見ると、相当悔しい結果だ。当然、前橋育英のスタッフ、選手たちは今、その想いで支配されているだろう。しかし、長年、前橋育英を取材し続けて来た筆者からすると、今年のチームがまさかここまで来られるとは思ってもみなかった。

 MF鈴木徳真(筑波大学)、FW渡邊凌磨(ドイツ・インゴルシュタットU−23)の年代別日本代表の2枚看板を擁し、その脇をすべて3年生が固めていた昨年のチームから、今年になってスタメンの顔ぶれはがらりと変わった。FW横澤航平、野口竜彦、MF尾ノ上幸生とタレントはいたが、チームとしては思うように機能せず、苦しい時期を過ごした。特に春先のフェスティバルでは攻守がかみ合わず、横澤のドリブル、野口のスピード、尾ノ上の展開力はなかなか生かされなかった。インターハイ予選でも桐生第一に完敗し、全国大会にも出場できなかった。

監督から受けた愛の『仕打ち』

 だが、この負けからチームの意識は大きく変わった。きっかけは桐生第一戦の翌日の練習からだった。

「おい、なに普通に練習を始めているんだ!?」

 敗戦の悔しさが残る中、チームの人工芝グラウンドで練習を始めようとすると、山田耕介監督からこう声が飛んだ。グラウンドの半面を使って練習をしようとしたのを山田監督からとがめられると、その日からAチームの練習場所はグラウンドの隅っことなった。

 一見、厳しい『仕打ち』に見えるが、ここから全員で本気になって努力をしないと選手権での活躍はない、ということを山田監督を始め選手たちは分かっていた。だからこそ、彼らはすぐに隅っこで練習に打ち込むようになった。そこに悲壮感はなかった。全員が「底から這い上がってやる」という強い気持ちを持っていたからだ。

「このままでは昨年のリベンジなんて絶対に言えない。この場所で練習をすることで、謙虚な気持ちになれるし、ハングリーな気持ちになれる」(横澤)

 ここからチームは見違えるほどの成長を見せていく。インターハイ後の石川県の和倉ユースサッカーフェスティバルや、プリンスリーグ関東では、横澤のドリブルが躍動し、野口のスピード、佐藤誠司のクロスの質、金子拓郎の突破力、尾ノ上の展開力、そしてセンターバック大平陸の統率力が見違えるようになった。それぞれの個性がチームとしてかみ合うようになり、プリンスリーグ関東でも順位をぐんぐんと上げて、2位でフィニッシュ。選手権予選も決勝で桐生第一にリベンジを果たし(2−2、PK10−9)、2年連続での本大会出場を果たした。

急成長でたどり着いた舞台

 そして今大会、横澤、佐藤、尾ノ上、大平陸らが軸となり、躍動感溢れるサッカーを展開。2年生FW馬場拓哉というニューヒーローも誕生した。そして準々決勝まで勝ち上がり、胸を張って「昨年を越える」と口にできるチームにまで成長した。

 だが、準々決勝で國學院久我山の前に惜敗を喫し、彼らの1年は幕を閉じた。試合後、目を真っ赤に晴らした選手たち。その中に涙が止まらない野口の姿があった。

「せっかくここまで来たのに、僕が良いプレーをしなかったせいで負けてしまった」

 悔いが残る。しかし、彼らは劇的な成長を見せながらこの舞台までたどり着いた。それは野口を始め、選手一人一人の「真摯な努力」の結果以外、何物でもなかった。

 前橋育英よ、胸を張れ。彼らの1年は、彼らの今後の人生において、きっと大きな財産となるのだから。
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著者プロフィール

1978年2月9日生まれ、岐阜県出身。5年半勤めていた銀行を辞め単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は35を超える。2013年5月から2014年5月まで週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!』を1年連載。2015年12月からNumberWebで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。他多数媒体に寄稿し、全国の高校、大学で年10回近くの講演活動も行っている。本の著作・共同制作は12作、代表作は『走り続ける才能たち』(実業之日本社)、『15歳』、『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、『ムサシと武蔵』、『ドーハの歓喜』(4作とも徳間書店)。東海学生サッカーリーグ2部の名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター

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